レポート06 / 2016.05.13
本のプロフェッショナル「ライター」編

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本に関わるプロの仕事を紹介するこのシリーズ。第1回は、書籍の原稿を制作する「ライター」編です。最近では、単行本を多く手がけるライターを「ブックライター」と呼ぶことも増えています。ライターとはいったいどんな仕事なのでしょうか? 20年のキャリアをもつ森末祐二氏に取材して、この仕事の魅力に迫ります。

ライターの仕事って?

この仕事を簡単に言うと?
ライターの仕事を「翻訳」と表現した方がおられますが、まさに的を射たいい方だと思います。著者が、自身の文章力では十分に表現しきれない専門知識を、ライターがプロの技術で読みやすい文章に翻訳していくのです。
著者になられる方は、皆さん何らかの分野の専門家でいらっしゃいます。ところが多くの著者は、専門分野の勉強は積み重ねておられますが、それを文章にまとめる修業まではされていません。しかし書物として世に出す場合、一般の読者にもよく理解できるように、分かりやすく文章をまとめる必要があります。そこで登場するのがわれわれライターというわけです。
かつては「ゴーストライター」とも呼ばれていましたが、最近はこの言葉に対する誤解が多くて、あまり使いたくありませんね(笑)。ライターは、著者の代わりに、著者が考えていないことまで勝手に創作するわけではありません。そこに書かれているのは、まさに著者自身の知の蓄積ですから、たとえライターが下原稿をつくっていても、「その著者が創った本である」と断言できるんです。もちろん原稿は著者が目を通し、必要があれば修正して、OKが出てから出版します。
仕事の流れは?
基本的に出版社からオファーがきて、編集担当者と本の内容やターゲット層などを打ち合わせします。その後、いろいろと下調べをしたうえで、延べ日数で2~3日から長くて1週間くらい取材をします。1日の取材はだいたい3時間から5時間くらいでしょうか。
原稿の執筆は、短いものなら2~3週間、ボリュームがあるものは1~2ヵ月かけて書くことが多いです。書き上げた原稿を編集担当者にメールで送れば、ライターの仕事は基本的には完了ですが、その後、修正や追加取材が入る場合もあります。取材開始から原稿完成まで、2~3ヵ月かかるのが一般的ですね。

仕事を詳しく教えて!

1日のスケジュールは?
ほとんど自宅にこもりっきりで、朝から晩までパソコンの前で文章を考えています。私の場合、取材は月に数回あれば多いほうで、締め切り間際になると、3日間くらい家から一歩も出ない、なんてこともよくあります(笑)。普段は朝9時から夕方頃まで書いて、あとは資料を読んだり別のことをして過ごしていますが、忙しいときは朝4時に起きて書き始めることもあります。時間差はありますが、2冊くらい同時進行していることが多く、年に平均4~5冊は手掛けています。単行本の合間を縫って、雑誌の原稿を書いていることも多いですね。
取材から執筆の流れは?
取材の前に、著者の経歴とか、過去の出版物とかを見て、どういう人物でどういう考えをもっておられるのかを調べたうえで、質問する内容を考えます。取材では、事前に用意した質問をしながら、相手のお話の内容によって柔軟に対応していきます。こちらが予想していなかったお話が出てくることもよくあるので、伺ったお話をどう本にしていくのかを考えつつ、いろいろな角度から質問をして、情報を引き出していきます。
取材が終わったら、録音した音声を文字に書き起こします。聞き取りの作業は専門の業者に頼むこともあります。次に、すべての資料を見て本全体の内容構成を考えてから、最初に数ページ分書いて編集者と著者に読んでもらいます。この段階で、文章のタッチや全体の構成を確認していただき、OKをもらってから続きを書くのが通常の進め方になりますね。

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取材中は、相手の話が理解できているかどうか、本にするのに十分な情報を得られているかどうかを頭の片隅で確認しながら、適切な質問ができるよう考えている。

プロの技を知りたい!

こだわりを教えて!
長年ライターをしていても、言葉の意味や使い方を間違って覚えていることがあるんです。自分の記憶を過信せず、「この言葉、前に確認したことあったかな?」と疑問に思ったら、すぐに辞書を引きます。仕事部屋では、手の届くところに国語辞典、漢和字典、広辞苑、ことわざ慣用句辞典、人名事典、四字熟語辞典など、いろいろな辞書を並べています。
あとは…、取材には必ずスーツにネクタイで出かけますね。営業マン上がりということもありますが、ネクタイをしたほうが気が引き締まりますし、取材相手にも失礼にならないと思って。
どんな道具を使うの?
取材ではICレコーダーを2台使っています。実はライターとして仕事を始めたばかりの頃、まだカセットテープの時代でしたが、一度だけ録音できていなかったことがあって。取材先を出てから気づいて真っ青になりました。「もう一回取材」というのは無理な雰囲気だったので、道端で記憶を呼び起こしてバーッとメモしました。原稿はきちんと書けましたが、絶対にやってはいけない事故です…。それ以来、録音は確実にするよう気をつけています。ICレコーダーに変わってからはいつも2台で録音し、どちらかが壊れても大丈夫なように備えています。
メモも取りますが、私の場合、特に重要な用語やポイントを書き留めておくくらいですね。メモすることに大きな意味があるというよりも、取材の場でこちらがメモを取っていないと、相手が「ちゃんと聞いてくれているのかな?」と不安に思われることもあります。安心していただくためのポーズのような意味合いもあるような気がします。
メモをとるときのボールペンは必ずノック式にしています。そのほうが素早くメモできますし、キャップを落として気が散ったりしないで済みますので。

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プロの視点
SNSなどを見ていると、言葉を間違って使っている人が時々おられるので、ちょっと気になりますね。もう少し辞書を引いてもらえたらなと、たまに心の中で思っています。

例1:小春日和

小春は陰暦10月を表す言葉で、冬の季語です。小春日和は、晩秋から初冬の暖かい日に使う言葉ですが、春に使っておられるのをたまに見かけますね。

例2:汚名挽回

最近は減りましたが、昔は大手出版社の本でも見たことがあります。「汚名返上」と「名誉挽回」をミックスしてしまった間違いだと思います。

例3:役不足

その人の能力の高さに比べて、与えられる役目が軽すぎるという意味です。自ら「役不足です」というと、「この私にそんなつまらない仕事をさせるなんて」という意味になってしまいます。

この仕事ならではのこと。

嬉しいこと、辛いことは?
ライターをしていていちばん嬉しいのは、完成した本が手元に届いた瞬間ですね。自分が携わった本が書店に並んでいるのを見かけると、「よしっ!」と思うこともあります。図書館に置いてあったり、何万人もの人に読んでもらえたり、自分の仕事が社会の役に立っていると思うと、とてもやりがいを感じます。
取材で、普通なら会えないような人に会えることもあります。大企業の経営者や経団連のトップクラスの方、著名なスポーツ選手なんかにもお会いできましたね。意外なことに、偉い方ほど腰が低くて謙虚なんですよ。
辛いというか、難しいのは理系の仕事ですね。もともとが文系の人間なので、取材相手の話を理解するのがたいへんです。聞いたこともない専門用語が出るたびに「それはなんですか?」と質問し、取材後もとことん調べて、なんとか理解できるように努力します。原理を調べるために、子供向けの科学のサイトを探すこともあります。これがけっこう参考になるんです(笑)。
職業病ってある?
テレビを観ていると、テロップの誤字を頻繁に見つけて気になってしまうんです。1~2時間に1つは誤字があるような気がします。辞書を引く暇もないほど急いで番組をつくっているのかなぁ、と思います。テレビ局の方には申し訳ないですが(笑)。
ほかには、1ミリもない小さな印刷物の汚れを見つけたりしますね。印刷物に対して厳しい目で見てしまうのも、職業病みたいなものですね。部屋の汚れはさほど気にならないのですが(笑)。
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    編集協力した図書の一部

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    自著『ホンカク読本』が好評発売中

ライターになるには?

仕事に就いたきっかけは?
学生時代から出版関係の仕事に就きたいと思っていました。卒業して印刷会社で営業マンとして働いていたのですが、28歳の時、編集プロダクションの募集広告を見つけて「これだ!」と思って飛びついて。そこで編集とライティングという二つの仕事を覚えました。数年後に独立した当初は組版の仕事も請け負っていたのですが、なぜかライターの仕事ばかりが入るようになりました。そのうちに書くことがどんどん面白くなって、ライター専業になりました。
どんな人が向いてる?
「文章を書くことが好き」じゃないと、続けるのは難しいと思います。そんなに高収入が望める商売ではありませんから(笑)。私自身は好きなことを仕事にできたので、いつも楽しく働いています。「あ~、また月曜日か~」と思ったことはこれまで一度もありません。いわゆるサザエさん症候群とは無縁ですね。もちろん大変なこともありますが、そういう意味では幸せだと思っています。

昨年、初の著書となる『ホンカク読本』を上梓した森末さん。著者からコンテンツを引き出すライターの仕事とは違って、自分ですべてのコンテンツを創り出す難しさを痛感し、著者とライターの違いが改めてよく理解できたそうです。「文章を書く」ためのスキルが分かりやすくまとめられた1冊。仕事や勉強、研究、創作、SNSにも役立ちますよ!
自著の対談はコチラ

森末祐二(もりすえゆうじ)プロフィール
1964年、岡山市生まれ。フリーライター。京都産業大学外国語学部を卒業後、京都の印刷会社、編集プロダクションを経て1996 年に独立し、「編集創房・森末企画」を立ち上げる。雑誌の記事作成、書籍の原稿作成・編集協力を主に手がけ、多数の書籍制作に携わっている。2015年11月に著書『ホンカク読本』をパレードより出版。