レポート14 / 2016.09.15
作家のラブレター

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LINEで告白、LINEでさよなら。告白もお別れもすっかりお手軽になってしまいましたが、携帯やメールがなかった時代には、手紙、つまりラブレターで告白したものです。好きな人の机や下駄箱にラブレターを入れた経験がある方も多いんじゃないでしょうか。有名な作家達も、思いをラブレターで伝えています。文章のプロは、どんな素敵な恋文を書いたのでしょうか?

川端康成:恋しくつて恋しくつて、早く会はないと僕は何も手につかない。

夏目漱石:俺のような人情味に欠けた人間でも、やけにお前が恋しい。これは良いことだと褒めてもらわないとな。
(原文:おれの様な不人情なものでも頻りにお前が恋しい。これだけは奇特といって褒めてもらわなければならぬ。)

川端康成は真っ直ぐシンプルな言葉で気持ちを綴り、夏目漱石は憎まれ口が逆に愛しくなってしまうような手紙を残しています。さすが文豪、こんな手紙を受け取ったらどんな女性でも思わずニヤけてしてしまうことでしょう。
しかし......作家の中には、とんでもない手紙を残してしまった人もいるのです。今回は、常人には理解し難いラブレターをいくつかご紹介します。

言動と行動が違いすぎるモテ文豪。

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まずはジャブ程度に、太宰治が愛人・富栄と入水自殺する際、妻・美知子に宛てた遺書の一文。

お前を
誰よりも
愛してゐました

……嘘、ついてない? なんていうのは凡人の発想でしょうか。ちなみに静子という愛人が別にもう一人おり(『斜陽』のもとになった『斜陽日記』の作者)、太宰と静子の連絡は富栄が代行していたというのですから、もはや相関図なしにはついていけない世界。そんな無茶苦茶な太宰の才能を信じて執筆活動を支え続けたのは、けなげな妻・美知子。さすがにこの遺書には心の中でツッコミを入れたと思われますが、美知子が亡くなった際に残した課税遺産額は、なんと9億円超!!もちろん太宰の著作の印税によるもの。……私ならすべてを許します。計6回(うち女性と3回)の自殺未遂を繰り返した太宰の口説き文句が「死ぬ気で恋愛してみないか」だったのは、なんとも皮肉な話です。

夢中になるあまり、禁断の食人!?

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芥川龍之介が25歳の時、後に妻となる17歳のフィアンセ・塚本文に送った恋文の一部がこちら。

この頃ボクは文ちやんがお菓子なら頭から食べてしまいたい位可愛い気がします。嘘ぢやありません

食べちゃいけません。これがあの芥川の文章かと思うと、腰砕けになりそうです。人間の心理を鋭く描いた彼の作風と全く違う甘くやわらか~い文体は、文ちゃんを美味しくいただくための手段だった...というわけではありませんが、あまりにかわいい年下の恋人に相当デレデレしていたようです。そんな芥川ですが、他の文豪よろしく結婚直後から愛人持ち。しかもわざわざ妻の相談相手や幼友達を選んで駆け落ち、心中を試みるなど、ひどい裏切りを繰り返します。あの甘い言葉はどこへやら…。それにも関わらず、精神を病んだ芥川がずっと死を願っていたのを知っていた文は、芥川が亡くなった際に「お父さん、よかったですね」という言葉で労ったというから、あっぱれの一言。一説では、芥川はストーカーと化した愛人との関係がばれ、姦通罪で投獄されるのを恐れ自殺したとも言われていますが、文の気持ちを思うとそれだけは違うと信じたいものです。

可哀想な僕に優しくして!自虐的ナルシスト。

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自身のみじめな半生を綴った自伝をラブレター代わりに送りつけたのは、童話作家のアンデルセン。

いまや、あなたはわたしの子ども時代の物語を読んでくださいましたね。

なんだかわかりませんが、気味悪いですね。「呪いの手紙を受け取りましたね」と言われたような気分でしょうか。続いて来たのがこの手紙。

ああ! あなたはひとことも同情ある言葉をかけてくださいません。わたしはとてもみじめです。あなたがぐっすり眠っている夜、わたしはとても悲しく、とても苦しんでいるのです。

急いでお祓いにでも行きたくなります。さらに、別の失恋相手(交際歴なし)には、

あなたがしあわせになりますように。
そして、あなたのことを永遠に忘れられない誰かのことは、どうか忘れてください。

という手紙も残しています。好きになった女性には、婚約者がいようが周りの目もお構いなしに口説くなど、かなりクセの強い人物だったと言われるアンデルセン。当然?一度も恋が実ることはなく、生涯独身を通しました。亡くなる時でさえ、初恋の人へのラブレターを肌身離さず握っていたといいます。普通なら「初恋を忘れられなかった純粋な男」になるのでしょうが、一連の行動を知ってしまった今、とてもポジティブに受け止めることができません。。

ネガティブ界最強かつ地上最弱の男。

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こちらはフランツ・カフカが婚約者のフェリーツェバウアーに対して送った恋文の一部。

ぼくは、ぼくの知っている最も痩せた男です。体力はないし、夜寝る前にいつもの軽い体操をすると、たいてい軽く心臓が痛み、腹の筋肉がぴくぴくします。

将来に向かって歩くことは、ぼくにはできません。将来に向かってつまづくこと、これはできます。一番うまくできるのは、倒れたままでいることです。

自分からプロポーズしておいて、「こんなダメ人間のぼくと結婚するなんて正気かい?」という意味でこの文章を送ったのですから、どうしたいのかさっぱりわかりません。しかも、フィジカルもメンタルも弱すぎる...。相手が結婚をOKしてくれた時には、

そうじゃない、そうじゃないんです。
自分から不幸になろうとするようなものです。そんなことをしてはいけません。

などと、自分の悪口を並べた手紙を毎日のように送る始末。結婚したいのかしたくないのか、どっちなんでしょうか。結局、フェリーツェバウアーとは2度婚約したものの、2度とも破棄し(もちろんカフカから)、結ばれることはありませんでした。カフカが残したネガティブな言葉の数々は、名言として現代人を励ますこともありますが、フェリーツェバウアーには「絶対結婚しなくてよかったよ!」と声をかけてあげたくなりますね。

魔性の女に突きつけた、極端な2択。

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次は、北原白秋が元不倫相手・俊子に送った手紙の一文です。

今度会ったらお前を殺すか、一生忘れられないほどの快楽を味わってもらうか、どちらかだからな
(原文:今度逢わばお前様を殺すか、一生忘れられぬほどの快楽の痛手をお前様に与えるか二つに一つに御座候)

この奇天烈な2択...一体どっちなの!とツッコまずにはいられません。世間に不倫がばれ、社会的にも精神的にもボロボロになった白秋。俊子を忘れようとしますが、魔性の女は、そこにまたちょっかいをかけてくるのです。スナックで働き、男の影もちらつかせる俊子を信用できず、恋愛感情と疑念の間で激しく揺れ動く白秋が書いたのがこの手紙。他にも「もっと手紙をおよこしなさい」と返事を懇願する手紙もあり、いかに俊子に翻弄されているかが伝わってきます。そんな2人はなんとか結婚したものの、1年で離婚。世間を巻き込んだ大スキャンダルも最後はあっけないものでしたが、白秋が2択から選んだのは快楽だったのが救いです。

破廉恥恋文を送り続けた結末...。

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歌人・斉藤茂吉が、不倫相手・ふさ子に「最後のわがまま」として書いた手紙です。妻と別れる気配のない茂吉との別れを決意し、別の男性M氏と婚約したふさ子に対して…

僕との間ですから、M氏と最初のキスの時と場所をおっしゃってくださいませんか。岡山でなさった時、あるいは松山、あるいは御旅行、又は海浜というように場面もちょっと御書き下さいませんか。

人一倍丁寧な文章で、なんということを聞きだそうとしているんでしょうか。これを聞いてどうしたかったのか、凡人には想像もつきません。

ふさ子さんはなぜこんなにいい女体なのですか。何ともいへない、いい女体なのですか。

「(※自主規制※)食ひつきたい!」

茂吉の恥ずかしい恋文は数多く残されています。数多くの秀歌を詠み続けた歌人の姿はもはや見る影もありません。茂吉から読んだら燃やすように口酸っぱく言われていたにもかかわらず、ふさ子はこっそり残して出版しました。茂吉との関係による紆余曲折でM氏との婚約も解消し、生涯独身を貫いたふさ子でしたが、軍配は完全に彼女に上がったようです。

ドM文豪のとんでもない幸福観。

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ラストは、谷崎潤一郎が「創作の源泉・女神」とまで崇めた、後の妻・松子に送った恋文の一部です。

肉体的にも精神的にも奴隷として頂くことは、やはり常人には容易に掴めぬ一つの幸福だと存じます。

私を虐めてやるのが面白いとおっしゃいましたが、どうぞどうぞ御気に召しますまでお虐め遊ばして下さいまし。

奴隷だの虐めるだの、かなり危険な香りが充満しています。ドS松子とドM谷崎の相性は抜群だったのでしょう。その他、谷崎から誓約書というものが送られています。

御寮人様の忠僕として、もちろん私の生命、身体、家族、兄弟の収入などすべて御寮人様のご所有となし、おそばにお仕えさせていただきたくお願い申し上げます。

自分には、こんな趣味の家族も兄弟もいなくて良かったと、心から安堵してしまう一文です。2人は不倫関係で始まったものの、8年越しの恋愛の末に結婚しました。谷崎自身の作品も女性愛やマゾヒズムをテーマにしたものが多く、執筆の参考のために松子の奉公人になったという、ある種ストイックな噂もありますが、かなりハードな性癖だったに違いありません。

まとめ

人一倍豊かな感性と巧みな文章術のおかげで、過剰に個性を放ってしまった作家達のラブレター。部外者から見れば戦慄が走るようなものですが、大切に保管して後世に伝えられたことを考えれば、送られた人にとっては本当に大事な「ラブレター」だったはずです。文章的にも通常の作品と違い、作家の人間らしい部分が垣間見え、2人の間だけで成立するという面白さがあります。
しかし...ラブレターというものは、出した本人にとっては黒歴史!こんなものが世間に公表されてしまうなんて、有名人になるのも良いことばかりじゃありませんね。メールが当たり前のこの時代に、あえてラブレターで気持ちを伝えるのには大賛成ですが、くれぐれも流出に注意しましょう。

番外編

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作家ではありませんが、猛将・武田信玄から家臣である美少年、春日源助へのラブレターをおまけに。
なんと浮気の弁明をしています。

弥七郎にはたびたび言い寄ったけれども、腹痛だからと断られて、何もありませんでした。
絶対嘘ではありません。弥七郎に夜伽をさせたことはありません。この前もさせてません。
昼も夜も伽をさせたことはありません。今夜なんてとんでもありません。
あなたと仲良くしたくて色々手を尽くしているのに、かえって疑われてしまい困っています。

滑り出しの余計な一言が、後の弁解を見事なほど無意味にしていますね。浮気相手?の弥七郎の腹痛とやらも「たびたび」断っているあたり怪しいもの。モテない様を無駄に恋人にさらし、言い訳にも失敗する将軍様、格好悪すぎです...。しかし、必死すぎるこの文面は、強面の信玄とギャップがあって好感度UPです。男色が当たり前だった戦国時代のものですが、なんとこの手紙、東京大学史料編纂所にまだ現存しています。誰かが意地悪して残したのでは?と思えてなりませんね。