レポート20 / 2016.12.15
鬼平犯科帳の街へ行こう!

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鬼平がいた江戸の世界をまるごと再現した「鬼平江戸処」なる場所が、東北自動車道・羽生PAにあるらしい。しかも憧れの鬼平グルメを堪能できるとあっては、もう行くしかない!ということで我々研究員一同は、目的地へ向けて一路車を走らせた。

羽生パーキングエリアに到着。

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まさか『鬼平犯科帳』を知らぬという人はいないとは思うが、念のため案内しておこう。江戸時代、放火や強盗などを取り締まる「火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)」という役職があった。その長官が長谷川平蔵、いわゆる鬼平である。この鬼平の活躍を描いた池波正太郎の時代小説『鬼平犯科帳』は、「オール讀物」に掲載されてから早50年、累計発行部数は2,700万部を超える。1988年から放送されてきた中村吉右衛門主演のTVドラマは、先ごろ惜しまれつつファイナルを迎え、さいとうたかを氏によるコミック版は99巻を数えいまだ連載中と、まさに長く太く続いてきた名物シリーズなのだ。

鬼平犯科帳の舞台は本所・深川・浅草だが、埼玉県・羽生市は「入り鉄砲と出女」を取り締まった栗橋関所のほど近く。なるほど、鬼平の街を復刻するにふさわしいわけだ。東京から車を走らせること約1時間半、羽生PAに到着。車を降りて関所をくぐると、いきなり江戸の象徴・日本橋大通りが広がる。通りに立ち並ぶ建物の古めかしい看板には、作中で盗賊に押し入られた大店の名前。よく見ると屋根上の櫓には町人に火事を知らせた半鐘もあり、かなり細かく再現されているようだ。

施設案内を確認すると、どうやらここ鬼平江戸処では、食事処を「本所深川」、見世物を行う広場を「弥勒堂界隈」、土産屋を「屋台連」と呼ぶらしい。もともとPAなので全体的に小ぢんまりしているが、その分こだわりが凝縮された印象を受ける。食いしん坊の我々は、さっそく食事処のある「本所深川」へ向かう。9つの店が連なるフードコートで、それぞれ店頭には券売機が置かれている。店を物色していると、鬼平が闊歩した下町をなぞって歩くようでなんだか嬉しい。

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施設内の天井は空を模した照明で、15分ごとに昼と夜が入れ替わる仕組みになっている。

軍鶏料理屋『五鉄』

鬼平が密偵たちとのつなぎ(合図)によく利用したのが軍鶏料理屋『五鉄』。そのモデルになったと言われている『玉ひで』がプロデュースしている。1760年創業の鳥料理の老舗で、親子丼の元祖として有名だ。作者の池波正太郎が食道楽であったことから、料理の描写も物語の魅力のひとつだが、中でもこの軍鶏鍋は最多登場数を誇る。

「夕暮れどきに汗ばむほどでは、しゃも鍋でもあるまい…」
立ちあがる平蔵へ、五鉄のあるじの三次郎が板場からくびを突き出し、いまいましげに、
「へっ、銕つぁんの旦那は、いまごろの軍鶏がどんなに効くか知らねえな」
と、あびせかけた。
…「ほう……三や。いまごろの軍鶏は何に効く」
「たまにゃあ、奥方さまへ立ち向かう力がつこうというものでございますぜ」
…「三よ。長谷川平蔵もそのことにかけちゃあ、お前の足もとにもおよばねえわさ」
(鬼平犯科帳六「剣客」より)

すき焼き風の汁の中に、国産軍鶏肉のブツ切りと鶏だんご、しらたき、ごぼう、白菜、ネギ、しめじ。これを玉子にからめて食べるのだ。美味くないはずがない。これを老密偵の相模の彦十や女密偵おまさとつついたのかと想像すると、うっとりしてしまう。

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    「しゃも鍋定食」1,500円

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    「一本うどん」800円

つづいて、鬼平の部下のなかで最も登場回数が多い、同心「うさ忠」こと木村忠吾の大好物「一本うどん」を食す。

……蛤町にある名刹・永寿山海福寺の門前にさしかかった。……門前の〔豊島屋〕という店で出している一本饂飩が、忠吾の大好物なのだ。その名のごとく、五寸四方の蒸籠ふうの入れ物へ親指ほどの太さの一本うどんがとぐろを巻いて盛られたやつを、柚子や擂胡麻、葱などの薬味をあしらった濃目の汁で食べるのである。
(鬼平犯科帳九「男色一本饂飩」より)

このメニューを復刻し、売り物として世に出すためになんと開発に3年を費やしたという。そもそも江戸時代に一度廃れた理由が、「つくるのが難しく真似する店がいなかった」というのだから、まさに幻の逸品だ。インパクト抜群のビジュアルだが、すき焼きのちくわぶのようで、これまた美味い。忠吾が夢中になったのも納得の、クセになる代物である。

蕎麦処『さなだや』

作中には多くの蕎麦屋が登場するが、本所の『さなだや』は「めっぽううまい店」と鬼平がひいきにした蕎麦屋である。作者・池波正太郎がこよなく愛した1884年創業の老舗『神田まつや』が監修している。

本所・源兵衛橋(後の枕橋)の北詰にある〔さなだや〕という店の蕎麦を食べたのは、その日が初めての長谷川平蔵であった。
…「酒と……それから、天麩羅をもらおうか」
注文して、平蔵は入れこみの八畳へ上った。…はこばれて来た貝柱の〔かき揚げ〕を浮かせたそばをやりはじめ、
「む……うまい」
否応なしに舌へ来る味覚…
(鬼平犯科帳二「蛇の眼」より)

ちなみにこの店、鬼平の外伝として知られる『にっぽん怪盗伝』に収録された、「正月四日の客」の舞台としても有名。さなだやは正月四日になると、辛味の強いねずみ大根をすり下ろした真田そばしか出さなくなる。そして盗賊のかしらである亀の小五郎もまた、正月四日にだけこの店のそばを食べに来て、一日だけ善人の顔になるという話。全編に渡って蕎麦の香りがするシリーズ屈指の名作なので、ぜひチェックしてみて欲しい。

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「まいたけ天もりそば」900円。やや辛めの汁が江戸の味といったところだろうか。かき揚げが貝柱ではなく、まいたけだったのが、ちょと残念。

うなぎ『忠八』

さあ、真打の登場である。今日一番のお目当て、うなぎの『忠八』だ。さいたまの川魚卸問屋『鯉平』が腕によりをかけた「うな重」、「青ネギ鰻丼」を頼む。「青ネギ鰻丼」は、まずそのまま食べた後、だし汁をかけていただく、ひつまぶし風。うなぎも柔らかくふっくらしたもので、サービスエリアのレベルを遥かに超えており、このボリュームからしてもかなりお得といえる。

辻売りの鰻屋は、道端へ大きな木の縁台を出し、その上で鰻を焼き、道行く人々に売るのだ。…近年は、江戸市中にも料理屋のかまえで、上品に鰻を食べさせる店が増え、それが一つの流行になっているけれども、平蔵が若いころには、「あのようなものを食べるものではない」といわれていた。そのころの鰻は、ほとんどが丸焼きにしたものに豆油たまりやら山椒味噌やらを塗りつけただけのものを辻売りにしており、「何といっても、あいつを喰うと精がつく」というので、はげしい労働をする人びとの口をよろこばせはしたが、これが料理屋でだす料理にはならなかった
(鬼平犯科帳十五「特別長編・雲竜剣」より)

…こんなに美味いものが、鬼平の時代以前には人気がなかったというから驚きだ。流行ったのは千葉県銚子の豪農・五代目田中玄蕃が濃口醤油を開発したことがきっかけとなる。それまで関西にしかなかった上質な醤油が、関東でも手に入るようになった。それが江戸っ子の口に合い、蕎麦や鰻の大ブームに繋がったのだそうだ。

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「うな重」2,300円(写真上)/「青ネギ鰻丼」1,850円(写真下)

このあたりで、研究員一同もほぼ満腹。お土産屋が連なる「屋台連」をぶらぶらしてみる。両国広小路の屋台を再現しており、老舗の大江戸甘みそや七味唐辛子を始め、和雑貨、もちろん鬼平ゆかりの商品もたくさん並べられている。なかでも佃煮や漬物の試食コーナーは一番の賑わいだ。お土産に、鬼平の奥方である久栄の好物である目黒不動尊の「桐屋の黒飴」756円と、同心木村忠吾にちなんだ「うさぎ饅頭」590円を購入。広場に出てみると、「あ、さて、あ、さて、さては南京玉すだれ~」の懐かしい掛け声が。南京玉すだれ橘流家元である橘洋子さんの大道芸「南京玉すだれ」が始まっている。独特な口上は、もともと旅芸人が売り文句として言い始めたものらしい。当時は糸あやつり人形・飴細工・猿回しといった大道芸人が街中にあふれ、きっと子どもたちのヒーローだったのだ。江戸時代の人たちもこうして見物を楽しんだのだろうかと、ちょっとしたタイムスリップ気分が味わえる。

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屋台連

くず餅・甘味『船橋屋』

デザートには、1805年創業、元祖・くず餅の店として有名な『船橋屋』へ。一本くず餅と、苺クリーム白玉しるこをいただく。佃煮の試食から甘味のチェックと、研究員の徹底した捜査は鬼平に引けをとらない。

四百石の旗本の奥様みずから、女密偵おまさへ白玉をはこんで来てくれる。それもこれも夫・平蔵の若き日のことを久栄がよくわきまえているからであろう。おまさは感動し、涙をうかべつつ、白玉の鉢を押しいただいた。
「おれもなあ、おまさ。そんなものが好きになってしまった。もう老年だよ」
(鬼平犯科帳六「狐火」より)

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    「一本くず餅」420円

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    「苺クリーム白玉しるこ」480円

館内には、鬼平犯科帳にまつわるミニクイズも掲示されている。どっぷり鬼平の世界に浸れること請け合いだ。『鬼平犯科帳』の魅力は、なんといっても長谷川平蔵、その人の人間性であろう。若い頃、「本所の鬼銕」などと呼ばれ、飲む、打つ、買うの三拍子がそろった放埒無頼の明け暮れを送っていた平蔵だからこそ、火付盗賊改方の長官として就任した後には「花も実もある裁き」でお役目に臨んでいく。殺さず、犯さず、貧しき者からは奪わず、という三か条を守っている真の盗賊には、敬意さえもって処分にあたるのだ。その反面、殺しをも厭わない盗人は、容赦なくその場で叩き斬っていく。

なんともいえぬお人だ。怖くて、やさしくて、おもいやりがあって、あたたかくて……そして、やはり、怖いお人だよ。
(鬼平犯科帳八「用心棒」より)

また、部下へのアメとムチっぷりもまた素晴らしい。『「鬼平」に学ぶマネジメントのための三十章』(岩国哲人著、歴思書院)なぞという本も出版されているくらいなのである。いったん手下になった者には絶対の信頼を置き、手柄をあせって間違いをおかした者が出れば、「おれはな、失敗の二の舞は大きれえだぞ」と睨みをきかす。人という生き者を愛してやまない長谷川平蔵の生き方には学ぶべきことが多い。

「人間というやつ、遊びながらはたらく生きものさ。善事をおこないつつ、知らぬうちに悪事をやってのける。悪事をはたらきつつ、知らず識らず善事をたのしむ。これが人間だわさ」
(鬼平犯科帳二「谷中・いろは茶屋」より)

2017年1月、鬼平の誕生50周年を記念して、アニメ『鬼平 ONIHEI』がスタートするとのこと。すらりとしたイケメン鬼平はいかがなものかと思いながらも、若い人たちに鬼平の魅力が広く知られるなら、ファンとしては嬉しい。高速からの素晴らしい夕日を見ながら東京へもどる。心も腹も満たされた一日であった。

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鬼平江戸処
東北自動車道 羽生PA(上) 〒348-0004 埼玉県羽生市弥勒字五軒1686
営業時間:9:00~17:00
http://www.driveplaza.com/special/onihei/