レポート22 / 2017.01.18
書店調査「カストリ書房」

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浅草の裏手、かつて吉原大門があったあたりに、簡素な白い暖簾がかかっている。即座に書店だとわかる人はいないだろう。このカストリ書房は、2016年9月にオープンしたばかりの話題店であり、国会図書館にも所蔵がないような遊郭本を復刻・刊行するカストリ出版の直営店だ。なぜ今、遊郭なのか?店主の渡辺豪さんに、詳しく話を伺った。

遊郭専門の書店。

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研究員
まずは出版業を始められたきっかけを教えてもらえますか?
渡辺さん
遊郭が好きだった、それが一番大きな理由ですね。誰もが考えるように、好きなもので飯が食っていければなと。最初はブログを書いていて雑誌から執筆依頼もありましたが、1回書いて終わりじゃ食べていけないし、あまり興味がなかった。そのあいだも全国を実地調査したり、文献を探したりしていたんですが、遊郭の本はなかなか見つからないんですよ。たまに見かけても10万円を超えるような値段がついていたり。だったら僕が復刻して1万円にしたら売れるんじゃないか?と思うようになりました。
研究員
遊郭のどんな所に魅力を感じたんでしょう?
渡辺さん
いまいち自分でも分かってないんですが、そもそも旅行が好きなんです。そして観光地にだんだん飽きてきて…駅前の繁華街からぽつんと離れたディープな飲み屋街に出入りするようになる。その後調べるとそこは昔遊郭だったとか、研究するのが楽しかったんですね。
あと、建物にも興味がありました。手すりがあって、太鼓橋があって、窓の所には千鳥格子の透かし彫りがあって…とはいえ、遊郭にこれっていう建築上の定義はないんです。しかし、旅館と遊郭を比べた時になぜか歴然とした違いを感じる。そこで女が身体を売り、男と肌を合わせていて、裏で操る楼主がいたという事実。そんなドロドロ感があるから、ドラマを想像して独特の世界観を感じるわけですよね。
研究員
歴史だけでなく、建物や空間にも注目されているんですね。このタイミングで実店舗をオープンされたのはなぜですか?
渡辺さん
書店は純粋に「販路」ですね。他の書店と違って、私の場合は自分でコンテンツをつくるスタイル。どうやって販路をつくるかが大きな課題なんです。初年はネット広告を用いて、ネット側の集客に注力してきました。ネットからの売上は順調に伸びてきたので、今度はリアル側での販路拡大を考えました。最初は本屋さんと直契約したんですが、納品や代金の回収、書類の処理が結構大変で…自分のお店をつくることにしたんです。お客さんの少ない平日は編集・発行業務に専念して、土日は店舗で販売に注力する。家賃分をペイできれば大成功だったんですが、書店の売り上げが断然上。予想外でした。

客層は6割が女性です。

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研究員
オープン以来、女性のお客さんが多いそうですね。
渡辺さん
ネット販売やトークイベントを通して、その傾向は分かっていました。今は女性率が6割ほどですが、今後はもっと高まると思いますね。リピーターも女性のほうが断然多いです。年齢としては20代~30代が1番多いです。
研究員
女性客が多いのが意外なんですが、何か理由があるのでしょうか?
渡辺さん
それも正直分からないんです。もしかしたらサブカルのジャンルになってるんじゃないかと。遊郭好きの女性は聞いたことなくても、サブカル好きの女性なら全然珍しくない。職場でも2、3人はいますよね。もちろん、サブカルを売れば必然的に女性が来るわけではありませんが。
研究員
装丁もオシャレで、手に取りやすいですよね。
渡辺さん
女性に向けて発信するという工夫はしています。たとえば、阿部定というテーマなら、女性はそこに美しくてはかないものを求めるはず。イラストレーターには「行為が終わった後の身体が火照ったようなイメージ」と指定しました。本をピンクのグラシン紙で包んだのも、女性は色に反応しやすいから。特殊紙などのテクスチャーに凝るより、単純に響くと思ったんです。女性はこれ見て「かわいい」って言うんですよ。こういう女性向けの個性的な本って、本屋さんであまり見かけない印象があります。古風でファンシーな、いかにも女性らしいって本はあるけど、サブカル的なものがない。
研究員
確かにこういうクセのある本が確実に手に入るお店って、なかなか思いつかないですね。
渡辺さん
そうなんですよ。女性だって小綺麗なものばかりを欲しがっているわけじゃなく、えげつないものを見たいはずで、それを発露するかどうかだけであって。男性のほうが良くも悪くも冷静すぎますね。お店に来られる方も「今見るとおもしろい資料だね」なんて理性的な意見が多い。女性の場合は「もし私がこの時代に生まれてたら絶対遊びに行くのになあ」とか、そういうことを言うんですよ。女性のほうが直感的で、はっきりしている。草食男子と言われて久しいですが、確かに最近は男性のほうがおとなしいな、という気がしています。
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    『秘本・阿部お定』長田幹彦(写真左上)/『全国遊廓案内』全国遊覧社編(渡辺豪 復刻編)(写真右上)

研究員
これから遊郭に興味を持たれる方へ、オススメの本はありますか?
渡辺さん
『全国遊郭案内』ですね。ベストセラーでロングセラー。昭和5年の発行以来なので、約85年ぶりの復刻です。内容は、風俗情報誌的なデータベースで、全国約250ヶ所の遊郭を紹介したもの。「最寄り駅は◯◯駅で、南東の方角にどれくらい歩いて行くと遊郭があって、□□楼(屋号)の女性は何人ほどいて、どこの出身で、相場はいくらで…」という感じ。満州・朝鮮・台湾・樺太あたりの遊郭も紹介されていて、こんなものを戦前にどうやってつくったのかも不思議だし、作者も不明。他に類を見ない本ですね。
研究員
グッズも販売されていますが、こちらも独特の雰囲気ですね。
渡辺さん
紅灯慕情」というネットショップです。そこで売っているスケベ椅子ストラップ、実はつくっているのは20代の女性です。なかなか普通の版元さんにはない感覚じゃないかなあ。モノってわかりやすいじゃないですか?本を読もうとすると一段構えるけど、モノは持つだけで完結する。グッズはどんどん広げたいんです。マニアだけ相手にしていると商売は先細りしてしまうので、知識がなくても楽しめるものをつくりたいですね。
研究員
どれが1番人気ですか?
渡辺さん
遊郭跡のスマホケースですね。50種類くらいあるので、自分の地元の遊郭跡のケースを持ってもらったら(笑)。
研究員
ご当地遊郭(笑)。斬新な発想ですね。
渡辺さん
ご当地キティみたいな感じですね(笑)。
研究員
現在の日本でもっとも遊郭らしさの残る場所はどこですか?
渡辺さん
大阪の飛田新地ですね。ただし、見物に行くのを勧めているわけじゃありません。働いてらっしゃる方がいらっしゃいますからね。魅力は、ほとんどの建物が戦前のまま残っていること。関東は戦争でほとんど焼けましたが、京阪神、中京は現存しているんです。飛田新地なんて1辺が200メートル以上ありますからね。行政は文化遺産にしないだろうけど、世界遺産級のとんでもない価値があると思います。

類書のないものをつくりたい。

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『昭和エロ本描き文字コレクション』橋本慎一

研究員
復刻する本にこだわりのようなものはありますか?
渡辺さん
筋を通したいのは「類書のないものをつくりたい」という気持ちです。何かが流行ると、蜜に群がるように類書が生まれてしまう時代。これはイチ消費者として興ざめです。何十年と見向きもされなかった本に光を当てたい。さらに、それを懐かしがるご老人に売るのも悪くないけれども、僕はもっと新しい人たちにこそ見てもらいたいんです。だから、若い女性がメインで来てくれている現状は、私にとって理想的と言えますね。
研究員
今後、どんな本を展開していく予定ですか?
渡辺さん
文章もの以外ももっとやりたいですね。僕にとっては、文字も絵も映像も、赤線・遊郭の情報なんです。この『昭和エロ本描き文字コレクション』もグラフィック寄りのものですが、これまで注目されていなかったイラストレーターがまだまだいるので、作品集を出したい。映像もごくわずかに残っているので復刻したり、色んな媒体で進めていきたいですね。他には、外国人向けの商品に力を入れたいです。英語版をつくって海外に発信したいですね。日本を調べている方にも情報提供できれば有意義だし、それこそ電子書籍がぴったりですよね。
研究員
海外で“ゲイシャ”は有名ですが、遊郭・赤線といった文化の認知度はどうなんでしょうか?
渡辺さん
結構あると思いますよ。海外メディアの取材も受けましたし、その記事を読んだフランス人のお客様も来たりしました。最近は東南アジアの方たちは見かけますが、5、6年くらい前から白人の方はすっかり減ってしまいました。吉原とか、もっと奥の山谷とか、観光資源としておもしろいのになあ。
研究員
具体的に、本づくりはどんな手順で行われるんでしょうか?
渡辺さん
復刻作業ですから、手順としてはテキストを起こすところから始まります。昔の本は読みづらいだけでなく、そもそも活字が欠けているものもある。OCRは総ルビの本には使えないし、劣化した画像もできる限り見やすくしたい。新しい本として提供する上で手間は欠かせませんが、作業上のボトルネックなのでもどかしいです。
研究員
古い本ならではの難しさですね。
渡辺さん
企画という面では、一般の方に響くようにつくるのが大事なんです。マニア向けに突き詰めるのはもちろん大変ですが、いわば1本道。そうじゃなくて、帯の色を何色にしようとか、そういう単純な部分こそ難しい。単純だけど、一般の方に見てもらうためにすごく大切なことだと思うんです。もっとも難しいのは値付けですね。結局、遊郭なんて流行りっこないテーマなんですよ。だから販売面では薄利多売ではなく、どれだけ客単価を上げられるかがカギ。製造原価から上代を割り出すようなやり方ではダメなんです。
研究員
新しい人をどう取り込めるかですね。イベントも積極的に行われているみたいですが、渡辺さんご自身の発案ですか?
渡辺さん
もちろん僕が段取りします。それが一番楽しいですね。近々やるイベントは、40人と小規模なキャパとはいえ2日で完売しました。遊郭と銭湯、遊郭と食事って組み合わせていけば、いくらでもテーマはあるので今後もやっていきたいです。
イベントをやりたい理由はいろいろあるんです。たとえば僕はお店で古本を扱っていますが、これって版元からしたら辛いもの。1度売ったとはいえ、自分たちが資本投下した商品を転用されるわけですから。でも、古本でしか手に入らないものがあるのも事実。どうやって折り合いをつけるかですね。僕はこう見えて義理人情を大事にしているので(笑)。古本は扱うけれども、その著者を呼んで新刊イベントをやるとか、そういう形で利益を還元していきたいんです。

遊郭家になりたい。

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  • 『陸軍と性病』藤田昌雄とノベルティの突撃一番。

研究員
これ、実物を初めて見ました。「突撃一番」って陸軍の避妊具ですよね。
渡辺さん
それはレプリカですね。『陸軍と性病』という本をお買い上げいただいた際にノベルティとしておつけしています。販促グッズは仕掛けとしてはチープですが、本ってどこで買っても同じなので、書店はもっとやったほうがいいですよね。一方で実店舗が大きいとネット販売のほうがおざなりになったりしますが…うちは最近ネットだけで1日100冊オーダーが来たタイトルもありますし、どちらも力を入れるようにしています。
研究員
畳に面出しという店内の陳列。味があっていいですね。
渡辺さん
畳がいいんですよ。僕の扱う本はルビが多かったり文字が小さかったりするので、座って読んでもらいたい。畳なら座れるし、下の空洞に在庫を置けるし、呉服屋みたいな雰囲気も出ますよね。ただ、タイトル数が増えたらどうしようっていう悩みはあります。増えてきたら、また別の場所を借りるかもしれません。
研究員
最後に、一番大きな夢はなんでしょうか?
渡辺さん
遊郭・妓楼が欲しいです。さすがに運営はできませんが、ハコとして欲しいです。遊郭って行政が文化財にすることはあり得ないから、放っておいたらなくなるんです。引き取り手も少ないようなので、僕がいつか融資を受けて手に入れてみたいですね。
研究員
吉原でしょうか?
渡辺さん
まずは吉原ですね。関東内に残っている遊郭のなかで、一番大きな建物があるんです。そこを借りてギャラリーや角打ちにしたい。本屋をやっていますが、僕はやっぱり遊郭でやっていきたいんですよ。遊郭家、みたいな感じですね。

吉原と聞くと、近寄りがたいイメージがあるかもしれない。そんななか、この店は不思議な魅力で、老若男女を惹きつけている。ぜひ一度足を運んでページをめくってみてほしい。消えかける文化を支える、小さな書店。「カメラが苦手」な話好きの店主が、優しくなんでも答えてくれるはずだ。

カストリ書房
〒111-0031 東京都台東区千束4-39-3
営業時間:10:00~19:00 定休日:なし
http://kastoribookstore.blogspot.jp/