レポート23 / 2017.01.30
文庫の表紙観察

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通勤・通学のお供としておなじみの文庫本。もともと、読書の習慣を広めるためにつくられた普及版なんです。発刊当時は表紙カバーがなく、いわゆるペーパーバックのようなもので、本体表紙のタイトルと著者名だけを差し替えたものでした。その分、デザインのフォーマットに各出版社のこだわりや伝統が詰まっています。文字の配置、マーク、紙…誰もが見たことのある文庫本の表紙。表紙カバーをはずして並べて眺めてみましょう。

“老舗” 文庫レーベル

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●岩波文庫

日本初の文庫本シリーズ、岩波文庫。このデザインは有名ですよね!文庫本といえばコレ、という方も多そうです。オモテに唐草模様、ウラ表紙には壺のマーク。1927年の創刊時、日本画家・平福百穂氏の手によってつくられ、以来90年間変わらないデザイン。当時はまだカバーがなくグラシン紙で包まれて流通したため、この表紙デザインの存在感・影響力は絶大。日本に文庫本を普及させた功績は大きく、今ではなんと、ポーチやトートバッグ、ノートまでつくられています。

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●新潮文庫

新潮文庫は葡萄マークと飾り罫。広告制作で有名な山名文夫氏のデザインです。葡萄のつるが「SL(Shincho Library)」の形を象っていたり、オモテ表紙とウラ表紙で微妙に違ったり、年代によっては果実の数も変わったりと細やかな遊びゴコロが満載。黄色がかったベージュの用紙も、1933年から同じものが使われているそうです。そしてなんといっても、スピン(しおり紐)がついているのが特徴。昔は他の出版社の文庫にもついていたのですが、コストカットの対象になっており、いまでは文庫本の中で唯一、新潮文庫だけがもつシンボル的存在です。

●角川文庫

角川文庫は3種類のデザインがみつかりましたが、どれも鳳凰のマークがあります。初期は、明治生まれの洋画家・和田三造氏のデザイン。その後、杉浦康平氏デザインのものに変わり、2013年、さらにリニューアル。思い切った変更のようですが、あしらわれた椿や紫陽花の模様が初期のものと同じ。どうやら和田三造氏デザインのイメージに回帰したようです。使われている紙はどれも赤っぽい斑が入っていて、変わっていないように見えますが…初期のものは紙がかなり経年劣化しているため、はっきりと確認できませんでした。

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和田三造氏の初期デザイン(写真左)/杉浦康平氏の中期デザイン(写真中)/2013年のデザイン(写真右)

“文庫ブーム期” 創刊レーベル

最初の3つは、さすが老舗。誰もが一度は見たことがあったのではないでしょうか。紙質や色ももちろんですが、装丁した人のルーツによってもかなり個性が出るようです。いまの時代に新しく文庫レーベルを立ち上げるとしたら、「日本画家に頼もう」という発想にはならないかもしれませんね。
では次に、1970年~の文庫ブームに創刊されたレーベルを見てみましょう。

●講談社文庫

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亀倉雄策氏のデザイン(写真左)/菊地信義氏のデザイン(写真右)

講談社文庫もデザインが変わっていますね。東京オリンピックの公式ポスターを手がけたことで有名なグラフィックデザイナー・亀倉雄策氏の目に残る作品。初期のデザインには、葉っぱのようなシンボルマークが大量にあしらわれていましたが、デザインが変化するにつれて数が減り、菊地信義氏による現バージョンは、オモテ表紙にひとつだけになりました。紙の色やマークのあしらいは旧型のほうがポップで、現行のほうはモノクロストライプのシャープさが光っています。菊地氏は「装丁家」。この時代から、装丁の専門家が徐々に増えていきました。

●創元推理文庫

東京創元社のシンボル、鍵マークに飾り罫。ワンポイントでも個性は十分ですね。デザインを手がけたのは、同文庫の表紙カバーデザインも多く手がけた松田正久氏。東京創元社ではこうしたワンポイントのデザインを使うことが多く、松田氏のつくった7つのアイコンによって、拳銃=ハードボイルド、猫=サスペンスなど、本のジャンルを分ける工夫をしてきました。

●ハヤカワ文庫

惑星マークと少し青みがかった紙の色は、SFを得意とする早川書房らしいデザインです。罫線はタイトルを囲う枠ではなく、ウラ表紙まで一直線。また、他の文庫本と比べて少し背が高いのも特徴です。好みの分かれるジャンルなので、簡単に区別できて良いかもしれません。

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創元推理文庫(写真左)/ハヤカワ文庫(写真右)

●集英社文庫 ●文春文庫 ●小学館文庫

もっともスタンダードなタイプを集めてみました。集英社文庫、文春文庫、小学館文庫はオモテ面がマークと飾り罫、ウラ面が中央にマークのみ、という潔さが一致。なんとなく新潮文庫のタイプに似ているので、もしかすると参考にしたのかもしれません。あらためてこうして並べてみると、罫線のかたちや紙の色でずいぶんと印象が違うのがわかりますよね。シンプルとはいえ、ただの枠ではないんです。

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集英社文庫(写真左)/文春文庫(写真中)/小学館文庫(写真右)

“個性派” レーベル

動物を起用したり、豪華な絵画風だったり。最後に変わりダネを少しご紹介。

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●河出文庫

シンボルマークのふくろうがかわいい。1980年の創刊時から何度かリニューアルされてきましたが、すべて粟津潔氏によるデザインとのこと。ウィリアム・モリスを思わせる蔦、葉っぱ、葡萄のパターンを背景に、額が掛けられているようなモダンな印象。

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ポプラ文庫(写真左)/幻冬舎文庫(写真中)/中央文庫(写真右)

●ポプラ文庫

ポプラ文庫の表紙デザインはとても美しく繊細。噴水、植物、アーチがある庭園が描かれています。
凹凸のある特殊紙を用いたことで、絵の美しさがより高まっています。

●幻冬舎文庫

この絵はマンモスでしょうか。絵と、濃緑のインキと、大地を思わせる黒みがかった紙のバランスが絶妙。著者名の位置に対してぽつんと置かれたタイトルが、インパクト大。

●中央文庫

こちらも動物もの。鳥がずいぶんとスペースをとって、ドーンと鎮座しています。1973年の創刊以来、常に表紙を飾っているこの鳥は、建築家・白井晟一氏によるデザイン。「CHUOKORON」の文字が胸にあしらわれています。

「文庫の表紙といえば…」と聞くと思い浮かぶ、ベージュの紙にタイトル・マーク・飾り罫のシンプルなデザイン。歴史ある文庫レーベルは、伝統的な美しい世界観を築きあげました。
現在では多くの出版社が文庫レーベルをつくっているので、紹介したのはほんの一部ですが、どの出版社も自社レーベルの表紙デザインについて、ほとんど語っていないのは意外でした。ブックカバーがあって、さらに帯と表紙カバーがある。服を脱いだ時くらい、スッキリさせたいから?あるいは隠れたオシャレでしょうか。いずれにしろ文庫本は各社とも主張しないデザインになっているので、ブックカバーを忘れた日は思い切ってカバーを取ってみたほうがよさそうですね。