レポート25 / 2017.02.28
書店調査「メッゲンドルファー」

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古都・鎌倉は本と縁の深い街。5月のブックカーニバル、10月のブックフェスタなど、毎年さまざまな本のイベントが開催されています。2016年12月、鎌倉駅からほど近くに移転したのが、日本唯一のしかけ絵本専門店「メッゲンドルファー」。代表の嵐田康平さん&晴代さん夫妻にお話を伺い、鎌倉のなかでも特別な魅力をもつお店を調査します。
(トップ画像 『オセアノ号、海へ!』作:アヌック・ボワロベールとルイ・リゴー アノニマ・スタジオ刊・2,200円+税)

日本初&唯一の専門店。

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研究員
かなり専門的なお店ですが、始めたきっかけはなんですか?
晴代さん
もともと、定年後に夫婦で何かしようと話していたんです。主人はしかけ絵本の大手出版社に長く勤めていたんですが、しかけ絵本の専門店が日本にはないと知り、「それはおかしい!」って思ったのがきっかけです。出版業界は厳しい時代ですし、それまで本屋さんを開こうなんて発想はありませんでしたが、思い立って1年ほどで開店してしまいましたね(笑)。無鉄砲に進めたのが、かえって良かったのかもしれません。
康平さん
まだ定年まで何年もあったので、2人とも本業との二足のわらじでした。週3日の営業からはじめて、少しずつ営業日を増やしました。商品知識については、もともと営業を30年ほどやっていたので問題なかったですね。本の内容は把握していますし、いろいろな書店でフェアを行ってきましたから。
研究員
鎌倉という場所にはこだわりがあったのでしょうか?
晴代さん
住まいが逗子なんです。定年後に商売するのに、横浜や東京ではなく近くの鎌倉を自然に選んでいました。鎌倉で良かったのは、四季折々1年中、全国からお客さんがいらっしゃることですね。
研究員
今回で3回目の移転になるんですよね。
晴代さん
最初に開業したのは現在と同じ若宮大路沿いですが、ビルのショールームの一角で開業しました。3年ほどして長男一平が加わり、ずっと欲しかった1軒の店舗がやっと見つかったので、由比ヶ浜通りに移転しました。
康平さん
ただ、その2店舗目は本当に狭かったですね。ゆっくり開いてお選びいただきたいのに、すれ違うのすら大変で…。それはそれで本に囲まれていてヨーロッパのおもちゃ箱のようだと、ファンの方もついてくださっていたんですが。

繊細で特殊な本。

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研究員
商品はどんな風に仕入れるんですか?
康平さん
開店当初は、まず働いていた出版社のものを置きました。それから、「良いな」と思える本を徐々に足していきました。日本だけではなく、洋書を直接仕入れることもありますよ。
晴代さん
店の由来になったメッゲンドルファーはドイツ人作家なので、ひとまずドイツに行ってみました。そこでいただいたあるご縁がきっかけで、新しいチャンネルができたこともありました。壊れやすいしかけ絵本を扱うのは大変ですよ。店内では写真撮影、ネット使用、飲食物の手持も禁止です。しかけ絵本は本来両手を使うものですから、片手で無理に開くとダメなんですね。お子様に楽しんでいただくためには親御さんの協力が不可欠ですし、お客さんとの距離感はいつも悩んでいます。
研究員
開業されてすでに10年、いまだに唯一の存在なんですよね。
康平さん
専門性が高いですからね。一般の書店でも取り扱うことができますが、仕入れるにも、実際に開いたときにどうなっているか知らなければいけませんから。
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  • 店名の由来となった「しかけ絵本の父」メッゲンドルファーの作品の復刻版(写真左)/店頭の注意書き。観光客が多い土地柄なので、お客さんとの距離感は常に悩み。(写真右)

研究員
ずっと疑問だったんですが、しかけ絵本は型をつくって、ページ数も少ないですよね。採算が合うものなんでしょうか?
康平さん
しかけ絵本って、実は出版社やパッケージャーと呼ばれる企画会社が各国から希望者を募ってから、世界中の分を1ヶ所の工場でつくるんです。高いのは人件費ですから、大幅なコスト削減になるというわけです。
研究員
なるほど、すごい!世界中みんなで協力して単価を下げるんですね!
康平さん
優秀なシステムですよね。もし日本国内で企画から製造まで行ったら、とんでもない価格となってしまいます。日本の作家も出てきましたが、日本のものや東洋のものを欧米の方が買うかというと…まだ難しいです。原因の一番は歴史。しかけ絵本を見て育った人材がいて、文化として根づいている。そういうのは大きいです。

10年を経て感じたこと。

研究員
商品は年間で何タイトルくらい入れ替わるんでしょうか?
康平さん
年間100タイトルくらいですね。新刊だけではなく、復刻されるものもあり、現在店舗には700種類くらい置いている感じですね。
研究員
客層はどうですか?
晴代さん
おじいちゃんおばあちゃんがお孫さんにプレゼント、というのが一番多いですが、本当に幅広い方がいらっしゃいます。大人の方でも自分が欲しくなってしまったり、若い方、外国の方、観光客の方…本当にさまざまです。
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  • 『くるみ割り人形』文:ロクサヌ・マリー・ギャイエ、絵:エレーヌ・ドゥルヴェール 大日本絵画刊・2,700円+税(写真左)/『あかまるちゃん』デビッド・A・カーター 大日本絵画刊・2,800円+税(写真右)

研究員
イベントなんかも積極的に取り組まれているようですね。
康平さん
前の会社に勤めていた40年前から、ずっと「しかけ絵本教室」というのをやっています。最近はおかげさまで全国から呼んでいただくことが増えました。北海道から沖縄まで、年間50~60ヶ所行きますね。最近は道具を使う体験がどんどん減っていますから、そういう機会をつくれたら嬉しいです。
晴代さん
お子さんから大人まで、みなさん違うことをやっているんです。絵を描くにしても、お花だったり、サッカーボールがピューッと飛んでいったり。涌いてくるアイデアが全然違うんです。
研究員
大評判のイベントなんですね。何か宣伝されていますか?
晴代さん
何もしていないです。こうして取材していただけるのが宣伝です(笑)。
康平さん
鎌倉、専門店というのがいいんでしょうね。あとはお客さんとの繋がりと、つくりかた教室の積み重ねです。おかげさまで全国で宣伝できるようになりました(笑)。
研究員
開業から10年、何か感じることはありますか?
康平さん
実際にお店やイベントで、大人も子どもも夢中になる様子を目の当たりにすると、あらためてしかけ絵本の魅力を感じます。特に、聴覚障害者の協会でイベントをしたときは感激でした。ハンディキャップがある方はそれだけ集中力があって、活き活きとしていらっしゃいました。

本の紹介。

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『おばけやしき』作ジャン・ピエンコフスキー、大日本絵画刊・3,000円+税

研究員
しかけ絵本にこれから興味を持たれる方に、何か伝えたいことはありますか?
晴代さん
一般的には飛び出す絵本のイメージがあるようで、「飛び出さないんですけど…」なんて言われる方もいらっしゃいます。でも、しかけってもっといろいろなパターンがあるんです。めくる、引っ張る、音が鳴るものもありますよ。
研究員
入門用として、オススメの本はなんでしょうか。
康平さん
『おばけやしき』は40年前に出たんですが、色あせない名作です。1つのパターンのしかけが何度も使われるのではなく、毎ページそれぞれ違う驚きがある。息子も小さい頃よく見ていましたが、同級生の友達もかなりの衝撃を受けたようで。あれはすごかった、といまだに言われるみたいです。
晴代さん
男性、男の子には『サファリ』がとにかく人気。自分次第で動物の速度まで変えられて、まさに映像なんです。説明文も充実しているので読む楽しみもあって、読んで動かして、といつまでもやってしまう。見すぎて「博士」ってあだ名がついた幼稚園児がいました(笑)。
研究員
これは確かにハマりますね。女の子の人気はどうでしょうか。
康平さん
入り口に飾ってある「ようせいの~」シリーズですね。組み立てると360度ぐるっと見渡せるようになっていて、キャラクターも切り離せます。高学年の子も夢中ですね。
研究員
これは強烈だ、という本はありますか?
康平さん
『ぎょろめのぴょんた』かなぁ。ピンポン球を動かせるので、角度によってはすごいことになります。これは人を選びますね。
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  • 『ようせいのまほうがっこう』作:マギー・ベイトソン、絵:ルイーズ・コンフォート 大日本絵画刊・3,200円+税(写真左上)/晴代さんが企画、息子さんが絵を描いたオリジナル商品、のぞきからくり絵本『鎌倉 段葛』企画:嵐田晴代、作:嵐田一平(写真右上) メッゲンドルファー・2,800円+税/『ぎょろめのぴょんた』絵:アントン・ペトロフ 大日本絵画刊・1,600円+税(写真下)

研究員
本当にそれぞれ個性的ですね。では最後に、今後の展望をお聞かせください。
晴代さん
私はこの建物が好きで、息子は建築、私はインテリアに興味があったものですから、この空間をどう活かせるかあれこれ話し合って決めたんですね。借りものだということをすっかり忘れて、どんどん進めてしまって。出るときはすべて取り払わないといけないんですけど(笑)。せっかくのお店なので、スペースを生かしてしかけ絵本の世界をもっと表現していきたいです。
康平さん
年齢・性別を超えて、しかけ絵本で感動していただきたい。また家族3人仲良く、1年でも2年でも長く継続する、それが夢でしょうね。

お店にとって、日本唯一の専門店というのはこれ以上ない肩書きですが、他に例がないという大変な難しさもあるようです。印象的だったのは、家族で経営されていること。決してベタベタすることなく、三者三様に役割を果たしているような、スマートな信頼関係を感じました。扉を開けると建物も雰囲気があり、まさに別世界。ぜひみなさんも、ここにしかない魅力を味わってみてほしいですね。

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メッゲンドルファー
〒248-0014 鎌倉市由比ガ浜2-9-61
TEL/FAX 0467-22-0675 営業時間:10:00-18:00/定休日 水曜日
http://www.meggendorfer.jp/