レポート30 / 2017.05.22
帯のパワー

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本についている「帯」が不要だ、という人がいます。宣伝ぽくてイヤだし、はずさないと読みづらい。私も昔はそう思っていましたが、ある本をきっかけに考えが変わりました。その本は、沼田まほかるさんの『彼女がその名を知らない鳥たち』。帯に書いてあったコピーは「限りなく不愉快」。思わずそんなことを言ってしまって良いの?と心配になります。でも読んでみると、内容は確かに超不愉快。前もって不愉快な本だと教えてもらわなければ、読み進められなかったかもしれません。私はこの本で帯のパワーを思い知り、俄然注目するようになったんです。今回は、研究員が気になった帯をご紹介。興味をもってもらえたら嬉しいです。

この本が、
全ての「どんでん返し」を
過去にする。

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『幻の女』ウイリアム・アイリッシュ(ハヤカワ・ミステリ文庫)

“サスペンスの詩人”による作品。すでに高い評価を受けているだけあって、さすがの強気なコピーだ。ウラ側には著者の美しい文体を象徴する、冒頭の有名な一文が書かれている。表紙カバーは陰鬱な雰囲気を漂わせているが、中身は都会的でクールな雰囲気。戦前のニューヨークの街角を淡々と映し出している。
物語は妻殺しの容疑で投獄された主人公の男と、その潔白を晴らすために奔走する友人という構図で進んでいく。主人公のアリバイを証明できるのは、事件当日に主人公と一緒に過ごした名も知らぬ女だけだが、事件後に女を目撃した人物は誰もいない…。
見出しはすべて「死刑執行前●●日」となっていて、話が進むにつれて残り日数がカウントダウンしていく。「犯人は誰か」が気になるのはもちろんだが、主人公の生死や物語の結末にもハラハラさせられる。1942年の作品なので道具や仕掛けはきわめてアナログで、登場人物もそれほど多くないにもかかわらず、ラストには完全にやられてしまった。

なぜ性器を巨大に描き、
乳房に無関心だったのか?

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『江戸の春画―それはポルノだったのか』白倉敬彦(新書y)

言われてみれば確かに気になる系コピー。気がついたら本を手にとってしまっていた。新書は派手なデザインが少ないので、帯の重要度は想像以上に高いのかもしれない。これが副題の「それはポルノだったのか」だけなら、ここまで興味は惹かれなかった。
ペラペラとページをめくると、帯に書かれているテーマ以外にもキャッチーな見出しがズラリ。「性愛を演出する最新ファッション」「エクスタシーの瞬間へのこだわり」「回数にこだわる江戸の男たち」…。それぞれの見出しの中には一貫して「ポルノとは何か?」という問いががあり、論文風にこと細かく語られる。猥褻とポルノの違い、良いポルノ悪いポルノ、西洋のポルノの歴史…途中「ポルノ」がゲシュタルト崩壊を起こしかけたが、葛飾北斎や喜多川歌麿といったビッグネームも登場してくるので、興味をもって読むことができた。
春画=単なるエロ本なんてとんでもない。江戸時代の懐の広さを感じられる一冊。

芸術品のような鮨が
手から手へと渡る瞬間、
好きな男と
肌が触れあう。

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『その手をにぎりたい』柚木麻子(小学館文庫)

ストレートなタイトルだなあ、と通り過ぎそうになって二度見した作品。スシ?いまスシって書いてあった?目をこらして帯を見てみると、やはり「鮨」の文字が。ということは、「にぎりたい」というのはもしかして鮨の話なんだろうか。念のためウラ表紙を見てみると、どうやら女性が職人に想いを寄せる話らしい。鮨が手から手を渡る…ネタを受け取った瞬間に指が触れてキュンとなるとか?
ひとまず目次をのぞいてみると、なんと章見出しには「一 ヅケ 二 ガリ 三 イカ…」とネタの名前が並んでいた。真面目なのかオモシロ本なのかますます判断がつかない。どうしても気になったので購入してみることに。
読んでみると思いのほか本格的。章見出しのネタもちゃんと話に絡んでいる。喉を通り過ぎてしまえばどれも同じなのに、どうせなら最高級のものを食べてみたい。そんな風に願う、バブル期の女性の刹那的な生き様が描かれた、時代の味とにおいを感じられる小説だ。

これでイチコロ。

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『毒のいきもの』北園大園(彩図社)

毒々しい色合いが印象的な、毒のいきもの図鑑。そもそもこのタイトルを見て手に取った人は「どれだけ強烈な毒があるか」に興味が沸いたはずなので、カタカナ4文字で応えるシンプルさはすばらしい。まさに「刺さる」秀逸なコピーだ。ただし、本の中には全然イチコロにできない微毒の生きものも含まれている。
イラストも綺麗だが、なんといっても人を食ったような文体がおもしろく、サラサラと読める。走馬燈・三途の川・死んだおじいちゃんを「3S」とまとめるあたりに抜群のセンスを感じるし、テレビ版『男はつらいよ』では寅さんが雪駄姿でハブをつつき、噛まれて死んだという無駄な知識も身につく。さらには「女はみんな毒がある」と人間界をえぐる名言も。とても楽しい本だ。
同じ著者&出版社のコンビで出している『へんな古代生物』の帯も「キモい!デカい!意味不明!」とパワフル。生物や化学の本は堅く見られがちなので、あえて軽めのコピーでギャップを感じさせる手法も多いようだ。

漱石絶賛!

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『銀の匙』中勘助

漱石先生、ご存命でいらっしゃったんですか!と言いたくなるようなライブ感。しかも「面白う御座います……私は大変好きです」だなんて、偏屈で知られる大作家が、ラブレターのようなしおらしい推薦文を寄せている。いったいどんな本なのか。
内容は作者・中勘助が東京・神田で過ごした幼少期を描いた自伝的小説。銀の匙とは、勘助に薬を飲ませるために叔母がどこかで探してきたものだ。病弱だった勘助は、腕白な江戸っ子たちに囲まれて過ごした日々について、「河童が沙漠で孵ったよりも不都合」と表現している。
勘助にとって、夏目漱石は高校~大学で講義を受けた師匠。「先生は人間嫌いな私にとって最も好きな部類に属する人間の一人だった」と敬愛の意を表している。一方、負けず劣らず人間嫌いの漱石は、人に対してベタベタしない勘助の性格をひそかに気に入り、本作『銀の匙』を東京朝日新聞に猛推薦した。
短いコピーには、人間嫌い同士の師弟愛が詰まっている。

どうしても、これを自分で
訳したいと思ってしまった
――江國香織

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『パールストリートのクレイジー女たち』トレヴェニアン(ホーム社)

鮮やかな朱色が特徴的な本。「江國香織」という名前がぱっと目に飛び込んでくるが、本の作者ではないようだ。じゃあ推薦人か、というとそれも違って、本作ではどうやら翻訳を担当したらしい。翻訳者が「翻訳したい本」とストレートに気持ちを表明するのは珍しいし、潔さを感じる。
アメリカの覆面作家・トレヴェニアンの遺作であり、初の自伝的小説。世界恐慌に直面したニューヨークのスラム街を舞台に、母と妹と3人で暮らした幼い日々を綴る。冒険小説で有名なトレヴェニアンの文章はエネルギッシュで、ユーモアがあり、とにかく発想豊か。なるほど、どう日本語にするかウキウキする気持ちも分かる気がする。翻訳者の江國香織は、とにかく原作のリズムを崩さないよう心がけたらしい。
熱い熱いと騒ぎながらもフライパンから手を離さない婦人。窓から一日じゅう子どもたちを見おろし、手招きする老婆。タイトル通り、作中にはギリギリの女性たちが登場するが、物語全体に退廃的な雰囲気が漂っているので、慣れてくるとそれほど変人に見えなくなるから不思議だ。

幽霊を
「嗅ぐ」「聞く」「見る」
ならどれがいい?

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『溝猫長屋 祠之怪』輪渡颯介(講談社)

幽霊は見るのももちろん、聞くのも怖いもの。しかし「嗅ぐ」とはどういうことだろう。どれがいい?と聞かれても…。どれも遠慮したい気がする。
作者・輪渡颯介は「ホラーは暗いだけじゃない」という考えのもと、人情味あふれるほのぼのとしたホラーを得意にしている。今回の主役は4人のやんちゃな男の子。舞台となる長屋では最年長の子どもが祠をお参りする決まりがあって、幽霊とは「嗅ぐ」「聞く」「見る」いずれかの方法で出会うことになる。幽霊といつ出会うのではなく、どう出会うのか。ありそうでない新鮮な視点だ。
猫はストーリー上重要ではないものの、良いアクセントとして登場する。長屋の溝には猫がたくさんいるので、子どもたちは井戸端に水を捨てると「猫が溺れるよっ」と大人に叱られる。そんなやりとりを見ているだけで、なんだか微笑ましくなる。ちなみに帯の下にも猫が2匹隠れている。

口コミの星が
私の明日を
照らし出す。

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『五つ星をつけてよ』奥田亜希子(新潮社)

ついつい口コミやレビューを気にしてしまう。そんな現代的な人間心理をひと言で嫌味なく表している。白を基調にした温かみのある表紙デザインだが、ウラ表紙側には「既読スルー」「ヲチスレ」といった俗っぽい言葉が並んでいて、意外性がある。
内容は短編集。大人を信じない中学生女子、覇気のないサラリーマン、30年の結婚生活を経て夫に先立たれた主婦…と、さまざまな主人公が登場する。ネットやSNSを通じた間接的な繋がりに翻弄されるのは、いまや老若男女共通なんだろう。作者は1983年生まれ。インターネット普及の過程で思春期を迎えた世代らしく、ネットと人の心の距離感を絶妙に描いてくれる。特に、タイトルになっている「五つ星をつけてよ」は必見。数字で評価しづらい介護士のサービスをテーマに、そのつぶやきはズバッと心を切り込んでくる。
※2017年5月現在、本書のアマゾンレビューは4.5。

数多くの名誉ある賞!

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『ポプテピピック』大川ぶくぶ(竹書房)

秀逸な帯がネットで有名な4コマ漫画。注目すべきはウラ表紙の文言だ。「このマンガがすごい!2016」や「マンガ大賞2016」などなど、数多くの名誉ある賞が並んでいるが…受賞したとは言っていないという荒技。こんなことをして炎上しないのかと思われるかもしれないが、オモテ表紙からして、作者はそんなことを気にするタイプではないだろう。炎上どころか、2017年2月の時点で13刷と絶好調。セカンドシーズンも始まり、2月~3月には全国で期間限定カフェもオープンした。
一コマ一コマが殺傷能力の高い作風は、ラインスタンプやSNSの拡散にも最適。ネットの追い風を受けてその勢いはまだまだ止まらない。

さて、いかがでしたでしょうか?ちょっと視点を変えて帯だけに注目してみると、これまで気づかなかったおもしろい作品に出会えることもあるんです。華々しく賞を取った作品やベストセラー作品は「●●賞受賞!」や「100万部突破!」という文言でスペースが埋まってしまいがち。隠れた名作のほうがインパクトのあるコピーが多いかもしれません。みなさんもお気に入りが見つかったら、ぜひ研究所までご一報ください。まだまだ名作帯はたくさんあるので、第2弾で紹介したいと思います。