レポート31 / 2017.06.07
本と探偵

イメージ

探偵が登場する小説は、ミステリーのなかでも熱狂的なファンが多いジャンル。事件が起こるたびに1冊の本になりますから、メインのキャラクターに人気が出れば、何十作と続くシリーズになることも珍しくありません。「警察VS犯人」のクライムサスペンスもスリリングですが、犯人と警察のあいだをうまく立ち回る探偵という存在には、ちょっと危険で魅力的な香りが漂います。今回は初心者がおさえておくべき、古今東西の名探偵を紹介しましょう。

シャーロックホームズ

イメージ

シャーロック・ホームズ。この名前を知らない人はいないだろう。世界的な知名度を持ち、パロディ作品だけでも万単位でつくられており、本国イギリスのテレビ局が行ったアンケートによると、6割近くの人が実在の人物と思っているというから驚きだ。世界中に「シャーロキアン」と呼ばれる熱狂的なファンが存在し、作品の完結から100年近く経った今なお熱い議論を交わしている。

ホームズは180センチを超える長身。ぎょろりとした目、鷲鼻、角張った顎、眉間の深いしわといかにも神経質そうなイギリス人らしい顔立ち。天才的な観察眼と何者をも恐れない行動力を兼ね揃え、探究心が強すぎるあまり、過労で倒れてコカイン依存症になったこともある。
本シリーズが画期的だったのは、その活躍を助手のワトソンが書いたという設定だ。平凡な医者という一般人があいだに入ることで、人智を超えた天才の凄さをぐっと身近にわかりやすく感じることができる。ホームズの口癖「基本だよ、ワトソン君」は、短くも多くを語る名台詞だろう。

1887年に第1作『緋色の研究』がタブロイド紙に掲載されると、たちまち人気に。その後も順調に読者を獲得していったが、1891年の『最後の戦い』で突然のピンチが訪れる。悪の組織の親玉・モリアーティ教授との戦いで、なんとホームズが行方不明になってしまう。後にわかったことだが、作者であるアーサー・コナン・ドイルは、文字通り最後の作品にするつもりだった。当時探偵小説の地位は低く、もっと文学的な作品が書きたかったらしい。これに対して読者が猛抗議し、ドイルの実の母まで息子を「ホームズ殺し」となじる事態に。ドイルは仕方なく続編を書き始め、死んだと思われたホームズが古本屋に変装して帰宅し、ワトソンを気絶させるという名シーンが描かれた(『空き家の冒険』)。

仕事にプライドを持ち、常に最善を尽くす。失敗すれば密かに反省する。普段、ワトソンには「都合が良ければ来い、悪くても来い」などとオレ様態度で接するが、いざワトソンがピンチになれば感情むき出しで敵に殴りかかる。かすかにのぞくツンデレな人間性も、人気の要因かもしれない。

エルキュール・ポアロ

イメージ

アガサ・クリスティが描いたベルギー人の老探偵、エルキュール・ポアロ。ホームズの後を継ぐように1920年にデビューした。「エルキュール」の名前は怪力の英雄・ヘラクレスをフランス読みしたものだが、実際の身長は162.5センチと小さい。ピンと張った軍人風の口ひげがトレードマークで、靴はいつもピカピカに磨き上げる。晩年は頭までピカピカになってしまったが、世界最高の探偵を自認するナルシストだ。「私の灰色の小さな脳細胞が活動を始めた」が口癖の頭脳派で、泥臭い操作方法を忌み嫌う。

その自信にはキャリアの裏づけがある。ベルギーで警察署長まで上りつめた後、第一次世界大戦でイギリスに亡命。殺人事件を解決して探偵の道を進んだ。母国がベルギーで活動の場はイギリス、つまり外国人探偵という点が物語の大きな特徴だ。イギリスは階級社会のため、ポアロはよそものとして扱われることも多いが、フランス訛りの奇妙な英語で相手を油断させて本音を引き出すなど、外国人であることが役立つことも多い。ホームズのワトソン的な役に置かれたヘイスティングスは生粋の英国人。適度に迷走し、できすぎるポアロとのバランスを取ってくれる。

シリーズを通してトリックへの評価はかなり高い。特に『アクロイド殺し』の叙述トリックは、驚きとともに、「それは読者を騙している!」と同業者間で論争になったほど(フェア・アンフェア論争)。当時のアガサ・クリスティはかなり実験的で、特に1930年代は2~3作のペースで『オリエント急行殺人事件』『ABC殺人事件』などの歴史的名作を量産した。 最後の作品『カーテン』は、クリスティが「自分の死後に出してほしい」と原稿を金庫に入れた作品。結局は出版社の強い要望で生きているうちに出され、数ヵ月後にクリスティは亡くなった。すっかり老いて車いす姿になったポアロだが、「灰色の脳細胞」は健在。金庫に入れる仕掛けを施すのも納得の衝撃作だ。

明智小五郎

イメージ

続いては日本の元祖名探偵、明智小五郎を紹介しよう。作者・江戸川乱歩が当時よく聞いていた、講釈師の5代目神田伯龍がモデルになっている。明智小五郎シリーズは怪奇的な作風と斬新なテーマが受け、わずか数作で映画化。戦後には子ども向けの「少年探偵団」シリーズがテレビドラマ化されたこともあり、幅広い層に人気がある。

前期は短篇が主で、『屋根裏の散歩者』『心理試験』など倒錯した犯罪者心理を丁寧に描く。のちの松本清張らに影響を与えたこの時期を黄金期と呼ぶ人も少なくない。このころの明智はタバコ屋の2階に間借りするしがない若者で、木綿の着物はよれよれ、興奮するとモジャモジャの髪を引っかき回す、というひどい風体だった。
ところが1926年に発表された『一寸法師』でキャラが一変。背広姿で葉巻を加え、コーヒーを「カフィー」と呼ぶなど一転して西洋通に。まるでムービースターのように変貌をとげた。後を追うように映画化されてヒットするが、エログロの強い作風は「子どもに読ませられない」という偏見を生んだ。朝日新聞に掲載されたこともあり、のちに乱歩は「恥を天下にさらしたような気がする」と激しく後悔している。

後期に入るとさらにエンタメ色が強まり、明智小五郎のスキルアップが止まらない。柔道の達人、変装もお手のもの、相手のピストルから知らぬ間に弾丸を抜き取ることだってできる。「少年探偵団シリーズ」も大人気で、晴れて子どもにも愛されるヒーローになったが…乱歩自身は「ひどく安っぽくなってしまったものである。伯龍君に申訳ない様な気がする」とモデルに詫びている。
売れっ子作家の苦悩はともかく、どの時期の明智小五郎にも根強いファンがいて、日本中に探偵イメージを根づかせた功績は計り知れない。そしてモジャモジャ頭のスタイルは、あの有名な他の探偵に受け継がれることになる。

金田一耕助

イメージ

『八つ墓村』や『犬神家の一族』で有名な金田一耕助は、明智小五郎、神津恭介とともに日本三大名探偵のひとりに数えられている。「金田一少年~」シリーズもあって、現在では探偵と言えば「明智」より「金田一」という人が多いかもしれない。

モジャモジャ頭をボリボリとかくのは初期の明智小五郎風(作者の横溝正史は、「明智が変わってしまったから金田一をやる気になった」と語っている)。麻薬中毒の過去があり、その活躍を「Y先生」と呼ばれる人物が記録するのはホームズ風。163センチと小柄な身長はポアロ風。随所に過去の名探偵の要素が盛り込まれている。
もちろん、オリジナリティも十分だ。なんといってもその純和風感。汗っかきで夏場は手ぬぐいと団扇を手放さず、たまに洋服を着たら似合わないと警官にいじられる。一見すると頼りないが、母性本能をくすぐるような魅力があり、「金田一を結婚させない会」というファンクラブが実際に結成されたほど。

自称・運動音痴のため解決方法は理詰め。犯人の悲しい境遇に同情したり、事件が終わると鬱になって旅に出たり、感情豊かに首を突っ込んでいく。犯人の逮捕より事件の真相に興味があるので、じっくり調べすぎて余計な犠牲者を出すのが大きな特徴。「本の雑誌」の調査では、世界で最も防御率(殺人件数÷作品数)の低い探偵に認定されてしまった。
第1作『本陣殺人事件』がいきなりの映画化。刀や琴を使った華やかなトリックが監督の目に留まったらしい。女性嫌いのホームズや既婚者である明智小五郎に比べればロマンス的要素もあり、いろいろな意味で映像化しやすい作風。ただ、ファンクラブの呪いのせいか、恋愛は一度も成就しない。

横溝正史は人情派の「探偵小説」として金田一を描くだけではなく、トリックを重視した「推理小説」にこだわった。実際の大事件・津山事件をモデルにした『八つ墓村』に代表されるように、「寂れた田舎にひっそり残る因習」という題材を開拓。後世に新しい探偵像を示した。

浅見光彦

イメージ

今度はうってかわって現代へ。浅見光彦は内田康夫の作品を代表する名探偵。2017年3月に休筆を宣言するまで、150作以上の作品に登場。2時間ドラマでもおなじみの探偵だ。
大蔵省官僚の父をもち、兄は警察庁刑事局長という良家の次男坊で、トヨタ・ソアラを乗り回すルポライター。甘いマスクに33歳の独身貴族といかにもトレンディな設定で、「シャーロキアン」ならぬ「アサミスト」を生みだした。

旅行雑誌のルポを担当しているため旅先で事件に巻き込まれ、真っ先に容疑者になることも多い。事件になんとなく関わるうちに兄の素性がばれ、地方警察が手のひら返しで友好的になるというのがお決まりのパターンだ。高校時代から試験でヤマを張るのが得意な天才型で、大胆に仮説を立てて検証していく手法を得意にする。
デビューは1982年の『後鳥羽伝説事件』。光彦にとっては妹を亡くす因縁の事件になる。捜査本部の交代により警察同士でいがみ合うなか、光彦は捜査協力を申し出てこれを解決。その後も事件を解決していくにつれ、全国各地の警察内部にもアサミストが急増することに。「警察に口利きできる探偵」という絶妙なポジションを築いていく。

事件の名前には全国の地名がつくことが多い。単なる旅情ものではなく、企業問題などをチクリと刺したり、『白鳥殺人事件』でグリコ・森永事件をテーマにしたりと社会派な一面も。毎回のように警察が手のひらを返す「待ってました感」や、作品ごとに新たなヒロインが登場する華やかさなどのエンタメ的要素もあり、2時間ドラマが人気なのも納得だ。
ちなみに1987年に始まったTVドラマでは、いまは『相棒』の杉下右京でおなじみの水谷豊が浅見光彦を演じた。

中善寺秋彦

イメージ

京極夏彦による小説・百鬼夜行シリーズの主人公である中善寺秋彦は、古書店主かつ陰陽師。店の名前をとって「京極堂」と呼ばれている。痩身、甘味好き、下戸、本好き…いかにも本好き女子に受けそうな要素満載だが、「凶相」と呼ばれるほどの仏頂面で爽やかさはない。

シリーズが始まったのは1994年だが、作中では昭和20年代の世界が描かれている。一番の特徴は、なんといっても妖怪の「憑物落とし」で解決するという手法だ。ロジックが要になる推理小説としては異例の設定といえる。とはいえ、オカルト全開で解決するわけではない。宗教、習俗、口碑伝承…。京極堂はその圧倒的な知識と洞察から、世の人々が勝手な都合や思い込みから妖怪のせいにしたがる出来事を暴いていく。うんちくは作品を重ねるたびに勢いを増してどんどん本が分厚くなり、「サイコロ本」と異名がつくほどに。
口癖は「不思議なことなど何もないのだよ、関口君」。そばには小説家の関口巽という人物が置かれているが、ワトソンやヘイスティングスほど常識人ではない。過去に鬱を患っていたり、頻繁にめまいを起こしたりと、混乱役の色合いが強い。

その世界観により、一作目の『姑獲鳥の夏』から圧倒的なインパクトを残した。この大作ながら、京極夏彦は「本業の合間に書いたので、せっかくだから」と出版社に持ち込んだというから驚く。編集者が「有名な作家のイタズラでは?」と思ったほどのクオリティで、すぐにデビューが決定。2作目『魍魎の匣』がアニメ・漫画化、3作目『狂骨の夢』も漫画化。今後もメディアを問わずその活躍が期待される現役探偵だ。

江戸川コナン

イメージ

漫画界からは、自他ともに認める名探偵である江戸川コナン。漫画90巻、テレビアニメ20年、劇場版20作を超える大人気シリーズ。知名度は間違いなく日本一だ。

「見た目は子供、頭脳は大人」のキャッチフレーズがすべてを表している。主人公の工藤新一は高校生だが、黒の組織の取引現場を目撃してしまったことで毒薬を飲まされ、副作用で子どもの姿に。その後は素性を知られないよう、江戸川コナンと名乗ることになった。名前の由来は江戸川乱歩+コナン・ドイル。その他にも阿笠博士(アガサ・クリスティ)、毛利小五郎(明智小五郎)、円谷光彦(浅見光彦)、喫茶店ポアロ(エルキュール・ポアロ)など、さまざまな登場人物や店の名前が推理小説に由来している。

高校生なので、膨大な知識を活かして説き伏せる…というタイプではなく、鋭い直感に加えて子どもという立場を巧みに利用して解決に導く。ただ、小学生の姿ですらすらと推理を披露するわけにはいかないので、解決するときだけは人まかせ。毛利小五郎を麻酔銃で眠らせて、影から蝶ネクタイ型変声期を使ってなりすます。アニメ版だけでも100発以上の弾丸を撃ち込まれた小五郎は、「眠りの小五郎」として名探偵の地位を築くことになった。
起きた事件は約300件。当然ながら同じ数のトリックが必要になるわけで、異常な数といえる。作者の青山剛昌はドラマ・映画を見ながらアイデア出しをするのが好きで、そんなときもジャンルはミステリーが多いらしい。登場人物の名前といい、ミステリー愛たっぷりの作品だ。作品を見始めたころは子供だった人も、いまや大人。本シリーズが、現在進行形で未来の作家を育てているのは間違いないだろう。

三毛猫ホームズ

イメージ

赤川次郎による、主人公が猫という移植の推理小説シリーズ。雑誌「小説宝石」→カッパ・ノベルス→光文社文庫→角川文庫と活躍の場を広げる渡り猫で、本家のシャーロックホームズを凌ぐ巻数が発刊されている。

ホームズはメスの三毛猫(実は三毛猫にオスはほとんどいない)。赤川次郎がかつて実際に飼っていた「ミーコ」がモデルになっている。落ち着きがあり、いかにも頭が良さそうな雰囲気で、最初はホームズが自らタイプライターを打つという案が出ていたほどだ。当時は松本清張など現実的路線が流行っていたため、さすがにボツになり、それとなく事件のヒントを指し示すという現在のスタイルに落ち着いた。
飼い主の片山家は両親がともに他界していて、兄妹2人で暮らしている。兄の義太郎は「お嬢さん」と呼ばれる中性的な性格。鬼刑事と恐れられた父の遺言を受けて刑事になったものの、血を見るのが嫌で、辞表を提出したこともある(黙殺された)。妹の晴美は事件に顔を突っ込むのが大好きな、正反対の行動的なタイプ。全体的に登場人物が若く、会話中心であるため、ミステリー入門書としてもオススメされることが多い。

1978年に探偵デビュー。猫とダメ刑事の親しみやすい組み合わせはすぐ人気者になった。動物的嗅覚に加えて、目線が低いので落としものを見つける能力も高い(『三毛猫ホームズの包囲網』ではヘロインを発見している)。『三毛猫ホームズの殺人カクテル』では拳銃を持った犯人に飛びつく勇敢さも見せた。タイプライターは打たせてもらえなかったが、あらゆる方法でヒントを教えてくれる万能探偵だ。
ちなみに、三毛猫ホームズのパロディとして「迷犬ルパンシリーズ」があり、『迷犬ルパンの犬疑』『犬墓島』など、秀逸なゆるさがおもしろい。『迷犬ルパンと三毛猫ホームズ』では共演も果たした。

以上、時代を彩る7人と1匹の名探偵を紹介しました。『このミステリーがすごい!』大賞で毎年多くの話題作が出ているように、日本は密かなミステリー大国。その源流には、名物シリーズとして愛された探偵たちの活躍があります。最近では、東野圭吾の「ガリレオシリーズ」、島田荘司の「御手洗潔シリーズ」が映画化され大きな話題を呼びました。これから将来、どんな探偵が、どんなトリックをどうやって解決していくようになるのか?未来に期待です。