レポート37 / 2017.09.06
書店調査「ザグリ」

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阿佐ヶ谷に住む友人から、近所に雰囲気のあるカフェがオープンしたと連絡を受けた研究員。さっそくホームページをチェックすると、そこには一目でワクワクするような近未来感が漂っていました。うーん、明らかにただ者ではない。よくよく調べてみると、なんとフォントの専門家が運営しているお店だと判明。フォントとカフェ、なんと不思議な組み合わせ!
さっそく取材許可を申込み、店主でありデザイナーの大谷秀映さんにお話を伺いました。

フォント職人のブックカフェ。

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研究員
普段はフリーでデザインのお仕事をされているそうですが、カフェを開いたきっかけはなんですか?
大谷さん
長く紙やウェブのデザインをやってきて、クライアントの発注に応じてツールをつくってきました。そのうちに受け身の仕事だけではなく、自分でも何かやりたいと思いはじめたんです。数年間は構想を練り続けて、「カフェにしよう」と決めてからも場所選びに半年をかけました。ようやく良さそうな物件を見つけて、去年の11月にオープンしたところです。
研究員
お店を阿佐ヶ谷にしたのはなぜでしょうか?
大谷さん
もともと目黒や世田谷に住んでいたので、最初はそっち方面で探していました。ただ、家賃のわりに人通りがあまりなくて。視点を変えて中央線沿線で探してみたら、個人店もかなり充実していていけそうだとわかりました。最近もどんどん新しいお店ができていますね。西荻窪の物件と最後まで迷いましたが、より駅に近い立地の良さでこちらに決めました。あとは、内装を自由にいじれるというのも必須条件でしたね。
研究員
ご自身のブログでも開店までの経緯を詳細に書かれていますが、お店づくりは大変苦労されたようですね。
大谷さん
解体~設計~施工まで、ほとんど妻と二人でやりました。素人だからセメントの分量なんて見当もつかなくて、ホームセンターを何回も往復しましたね。苦労は多かったですが、人件費を抑えた分、良い素材をふんだんに使うことができました。たとえば店の中心になるカウンターは稀少な50ミリ厚のタモ材を使い、仕上げにドイツのオスモカラーというニスを塗っています。何もかもこだわりすぎて、全部終わったら頭が真っ白になりました(笑)。
研究員
飲食店というのも、苦労が多そうですよね。
大谷さん
万が一にも衛生上の問題があってはいけないので、水回りだけは専門家に任せました。それに僕自身、飲食店で働いたことがなかったので、都内の美味しい店とかカフェを片っ端からまわってリサーチしたんです。アイデアを盗むというよりは、とにかく他と絶対にかぶらない店をつくりたかった。カフェ開業の本もほとんど読みましたね。
研究員
まさにこだわりのお店ですね。
大谷さん
自分であれこれ考えるのが好きなので、楽しみながら進めました。表の看板も昨日つくって、今日から店頭に出したばかりなんですよ。

フォントへのこだわり。

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研究員
カフェであり、仕事場であり、本屋さん…でもあるんですよね?
大谷さん
一応、古書店ですね。ゆくゆくは古物商の免許を取ろうと思っています。基本的にはこれまで仕事用に集めたデザイン関連の本を並べていますが、すべて売りものというわけではありません。必要としてくれる方がいて、売れる本であれば売るというスタンスです。新刊本については取引のルールもわからないし、当面、販売する予定はないです。
研究員
本はもともとお好きだったんでしょうか?
大谷さん
デザインって基本的に文字がベースになるじゃないですか。僕はデザイナーとして20年近くフォントをつくってきましたが、参考資料は主に明治時代の教科書なんです。店にも500冊くらい置いていますが、コチラは貴重でさすがに売れないので、有料で閲覧できるようにしています。あと本でいえば、僕自身も著者として何冊か本を出しました。フォントを提供しただけではなく、1冊まるごとデザインしたものです。
研究員
代表的な作品をご紹介いただけますか。
大谷さん
『CD付和文フリーフォント集』(翔泳社)は6年前の本で、他の人がつくったフォントをまとめたものです。それまでフォント集といえば、モノクロでただ文字が並んでいるものばかりだったので、使用するシチュエーションがわかるように編集しました。いまは類似の本もだいぶ出ていますが、そういう本をつくったのは僕がはじめてなんですよ。
続編の『続・和文フリーフォント集』(翔泳社)は、掲載されているフォントのうち半分以上が自作のものです。フリーフォントって素人向けだと思われがちですが、実際はむしろ逆で、使い手のセンスが問われるんです。そのフォントは誰がつくったのか?といったところからチェックしなければいけない分、よっぽどプロ向きだと思います。
研究員
本の半分が自作のフォント…想像もつきません。フォント開発には昔の教科書を参考にされるというお話でしたが、どういった理由があるんでしょうか?
大谷さん
たとえばこの「明治教科書明朝体」は、明治時代の教科書に使われていた字体を復刻させたもの。明治は専門の職人が手間暇をかけたぜいたくな時代なんです。大正や昭和に入ると、新聞や書籍でも読みやすいようにとか、大勢の手が入って可読性が高まり、クセがなくなっていく。もちろんそれも正しい進化なんですが、文字自体の味という意味では圧倒的に明治時代のほうが上ですね。理科の教科書に使われている図には、銅版画でつくられたようなものもあります。お札の肖像画なみに精密に描かれていてものすごく美しいんですよ。
研究員
昔は日本画家が本の装丁を手がけていた、という話もありますが、フォントの世界にも同じようなことがあったんですね。
大谷さん
その技術力は大いに学ぶべきですね。とはいえ、昔の技術をまんま再現してもあまり意味がありません。トレースするだけではなく、現代、将来と長くきちんと使えるものにしていくことが大切。僕はそんな考えを自分の活動の軸にしていて、「100年プロジェクト」と呼んでいます。100 年前に使われた文字を、100年先に繋げていく。たった200年ぽっちの取り組みかもしれないけど、残していきたいと思っています。
研究員
もともとフォントに興味をもたれたきっかけはなんだったんでしょうか?
大谷さん
振り返ると、昔から文字が好きでしたね。子どものころから誰に言われるでもなくレタリングしてたりとか。

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天井近くに置かれた昔の教科書。脚立をレンタルして閲覧することができる。(写真左上)/『続・和文フリーフォント集(翔泳社)』は旧作と合わせると5万部以上を販売。フォント関連本としては最も売れ続けている作品のひとつ。(写真右上)/この明朝体の本は大谷さんの実家の蔵から出てきたもので、200年以上前の作だという。(写真下)

趣味人を惹きつける店づくり。

研究員
オープン以来、お店にはどんなお客さんがよく来られますか?
大谷さん
本当に幅広いですね。若い方からお年寄りまで、男女比も半々です。街に出版系の方が多いのか、そういった方もよく来られます。
研究員
棚を拝見すると、レトロなカメラや活版印刷機も置かれていますね。こういった趣味関連のものを目当てにして来られる方も多いのでは?
大谷さん
僕は昔から多趣味なので、趣味関連のものも厳選してお店に置いています。ゆくゆくは古いカメラやレンズのレンタルも始めるつもりです。最近ではオリジナルの名刺をつくりたいというお客さんが増えているので、マンツーマンのワークショップをやってもいいかな。
研究員
マンツーマンというのは何か理由があるんでしょうか?
大谷さん
レーザー機でひとつひとつ版をつくるので、単純に時間がかかってしまうんです。あと、いまはちょっとした活版ブームみたいですが、ただスタンプが欲しいだけならネットで安い業者さんを探せばいい。僕がやるなら、1対1でじっくりとつくる過程を見せたいです。版ひとつとっても、ちゃんとへこませるには樹脂板より金属版のほうがいいし、なかでも厚みのある真鍮版だとさらに値段が高くなる。いろいろと違いがあるんです。
研究員
やりたいことをやるために、ご自身のお店があるのは大きいですよね。
大谷さん
自由な場所があるというのはいいですよ。生のお客さんの反応を感じられるのは、デザインの勉強にもなっています。いまでは看板がなかったのでお客さんは入りづらかったかもしれないけど、その分、好奇心旺盛な方が入ってきてくれた。そんな風に観察できるのは有意義です。
研究員
今後、お店の宣伝はあまりされないおつもりですか?
大谷さん
いや、SNSをちゃんと活用したり、もっと知ってもらおうと思っています。リアルは大事ですけど、店を使ってやりたいことはほとんどやっちゃったから(笑)。季節が変わればまた新しいことができるので、楽しみですね。お店はいいですよ。本づくり研究所でもお店をつくったらどうですか?
研究員
機会があればぜひ(笑)。

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  • レトロなレジは、なんとゼロがない漢数字仕様。(写真左)/3ヶ月間悩んだという入り口の設計。壁を内側に開くとテーブルになり、オープンカフェに変身。(写真右)

本への取り組み。

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大谷さん制作の「FGP明治教科書明朝&ミライゴシック+ウルトラゴシック」と、明治明朝が使用された書籍『木佐木日記』(中央公論新社)。

研究員
文具、トートバッグ、奥様がつくる組紐…。何から何までつくれるお店という印象ですが、お店にとっても、本を置く意味とはどのようなものでしょうか?
大谷さん
僕はフォントだけではなく、昔の本自体に魅力を感じているんですよ。たとえば子どもに教えるはずの教科書の一行目に「礼儀作法は女子どものすることではない」なんて遠慮なく書いてある(笑)。いま見ると、そうした自由度の高さは魅力的ですね。
あと、昔はずいぶん実験的なことにも取り組んでいました。たとえば伊藤忠兵衛(伊藤忠・丸紅創業者)を中心に、日本語を全部カタカナにしちゃおうという計画があったんです。なんでも日本が筆を使っている時代に、海外ではタイプライターを使っているのを目の当たりにしてショックを受けたらしくて。その成果物として、カナ文字のタイプライターがつくられました。お店にはカナモジカイ(仮名文字専用論を唱える日本の民間団体)の大正期~昭和初期の貴重な資料が大量に所蔵してあり、カナモジタイプライターも置いています。
研究員
すべてカナ文字に…まったく知りませんでした。
大谷さん
僕はその流れをくみ、カタカナ以外にひらがなと欧文にも厳密な規則性をもたせ実用性を高めた、「ミライゴシック」というフォントをつくりました。あと製本でいえば、和綴じを応用した冊子なんかもつくっています。この「明治教科書明朝」の冊子は、両面印刷したものを1ページずつ袋状にして点線を入れ、工場用のミシンで綴じています。こうしたオリジナル製本を売りにしたワークショップも面白いかなと思っています。
研究員
とにかく何事にもアイデアが豊富で、やりたいことがどんどん浮かんでくるんですね。では、そんな大谷さんが考える今後の一番の夢はなんでしょうか?
大谷さん
当初予定していたことはすべてやりました。あとは今日お話ししたようなワークショップ展開などに取り組みながら、お店がどう進化していくのかを見届けたいですね。

今回は紹介しませんでしたが、工具、陳列棚、浄水器、高演色照明、収納スペースなどなど、とにかく隅々まで工夫の行き届いたお店です。デザイナーの方にとって、自分の店をまるごとプロデュースするのは究極のものづくりなのかもしれませんね。取材して数日後には、なんとわたあめの機械も導入されたとか。今後、いったいどんなアイデアが生まれていくのか。目が離せないお店が、またひとつ増えました。

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店主の大谷秀映さん。最後まで気さくに応対してくれた。

ザグリ
〒166-0001 東京都杉並区阿佐谷北1-43-6
TEL 03-5356-8220
営業時間平日:11:00~19:00(L.O.) 土日祝祭:10:00~19:00(L.O.)/不定休
https://zaguri.tokyo/