レポート38 / 2017.09.21
本の実写化

イメージ

本好きとしては、お気に入りの作品が映画・ドラマ・舞台と違う形に進化していくのもまた楽しみのひとつ。客席やテレビの前ではつい「お手並み拝見」と上から目線で見てしまいます。今回は研究員たちにアンケートを採り、実写化についての想いを語ってもらいました。本はともかく、演技についてはまったくの素人なのでお手柔らかに…。

名作×名優。

イメージ

『クライマーズハイ』横山秀夫 →映画・ドラマ化
その重厚・骨太な作風に熱烈なファンの多い横山秀夫作品。原作からしてリアリティ十分なだけに、役者にかかるプレッシャーは大きい。
ドラマ版は佐藤浩市、映画版は堤真一が主演を務めた。作者・横山秀夫も全幅の信頼を置いているという実績十分のキャスティングで、原作の世界観を崩さない、緊張感十分の演技が素晴らしい。ちなみに堤真一は、下積み時代に佐藤浩市から散々こき使われた経験をもつ。未だに「浩市さんとだけは怖くて芝居できません」と“共演NG”にしているほどで(約30年前に1度だけ共演)、もしこんな熱い作品で怒鳴り合ったら、役者生命が絶たれてしまうかも…。

『半落ち』横山秀夫 →映画・ドラマ化
続いても横山作品から。直木賞選考時には、とある選考委員から「事実確認に致命的欠陥があった」と論評されたことで有名だ。専門的な見方はともかく読者の信頼は厚く、「このミステリーがすごい!」1位を獲得するなど評価は高い。
映画版の主演は寺尾聡。文句なしのハマリ役で、映画としてのまとまりも◎。決して悪い意味ではなく、寺尾聡はしゃべらないほうが味の出る役者と思わされた。

『椿山課長の七日間』浅田次郎 →映画化
46歳で過労死した主人公が、美女に姿を変えて7日間の期限付きでこの世に「逆送」される。中身は中年男性のままなので、当然さまざまなトラブルに見舞われる、という筋立てだ。基本的にはドタバタコメディだが、知られざる真実に出会ってシリアスになる一面も。泣いて、笑って。浅田次郎の振れ幅の大きさが最大限活きている作品だ。
映画版は安定の西田敏行、TVドラマ版の主人公は今年何かと話題の船越英一郎が主演。いずれもコミカルな演技はお手のものだ。

思ってたのと違う。

イメージ

『ノルウェイの森』村上春樹 →映画化
発刊後20年の時を経て映画化。キャストを聞いた瞬間、あのおとなしい直子役を気の強そうな菊池凜子が!?と驚かされた。実際に制作側も、当初はフィットしないからと彼女をリストからはずしていたらしく、菊地凛子本人が直訴してビデオ・オーディションにこぎ着けたという経緯がある。
観る前は「直子みたいな女は男の幻想」と思っていたが、菊池凜子が演じると、こっちの方向(メンヘラ女子)もあり得る!と目からウロコ。松ケンの「僕」も腑に落ちた。トラン・アン・ユンが監督したことで「日本」が異化されていて、まるで村上春樹作品の「翻訳文体」までが表現されているように感じた。

『嫌われ松子の一生』山田宗樹 →映画・ドラマ・舞台化
教師からソープ嬢へ、果ては殺人まで犯す松子の人生を中谷美紀が熱演。暗くて後味の良くないストーリーを、CGを駆使してきらびやかかつコミカルに切り返している。監督はCMディレクターの巨匠・中島哲也。サッポロ黒ラベル「温泉卓球」などを手がけたエンタメのスペシャリストだからこその思い切った演出だ。のちに湊かなえの『告白』が映画化され、予告編を見て「あれ、この感覚どこかで…」と思ったら彼だった。保守的な映画好きには賛否が分かれているようだが、こういった映画もないとつまらない。

『美しい星』三島由紀夫 →映画・ドラマ・舞台化
三島由紀夫のキテレツな小説を「桐島、部活やめるってよ」の吉田大八監督が映画化。リリー・フランキーをはじめ、亀梨和也、橋本愛、中嶋朋子、佐々木蔵之介と見るからに一筋縄ではいかない配役でまとめている。大胆なアレンジを加えた部分もあるが、全体としては原作に忠実。家族全員が自分たちを宇宙人だと言い張る破天荒な筋立ては、昨今のスピリチュアルブーム批判にもなっていて興味深い。

欧米ならではのスケール!

イメージ

『シャーロック・ホームズ』コナン・ドイル →映画・ドラマ・舞台化
BBCドラマ「シャーロック」は、原作を見事に現代版にアップデートした大傑作。主役のベネディクト・カンバーバッチがハマリ役でかっこいいことこの上なく、それだけでうっとり…。
一方、映画版『SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁』は、キャストはそのままで原作の時代に再翻訳するという意欲作。現代(ドラマ版)と過去(原作)を巧みにつなぐという批評的でクレバーな作品に仕上がっている。
映画のイメージが鮮烈すぎるので、ここから入った若いファンには原作が変に物足りないかもしれないが…今なおアレンジを可能にさせるのは、さすが「聖典」と感心するほかない。

『グレート・ギャツビー』S・フィッツジェラルド →映画・舞台化
アメリカの資本主義社会のきらびやかさが表現され、ただただゴージャス。パーティーシーン、涼みに入ったホテルでの一幕、デイジーのために「僕」の家を花で埋めるシーンなど、すべてが光り輝いている。時代も国も違うだけに、当時の交通事情や町の雰囲気を映像で保管してくれると、本を読み返したときの理解もいっそう深まる。
ロバート・レッドフォード主演版(1974)は言うまでも無く素晴らしいが、ディカプリオ版(2013)も意外と貫禄があって捨てがたい。

肩がはずれるほど全力投球!

イメージ

『僕たちは世界を変えることができない。』葉田甲太 →映画化
カンボジアに学校を建てることができることを知った医大生の主人公が、実際に小学校を建てるまでを描いた奮闘記。自費出版から5,000部を売り上げて企画出版化した作品だ。著者は当時大学生で、自分たちで書店を回って泥臭く知名度を上げていった。ノンフィクションなだけに原作の方が熱さはあるが、映画の再現性もかなりのもの。
向井理初主演作。ほか主役級の3人(松坂桃李、窪田正孝、柄本祐)も順調にキャリアアップしている。テーマもおもしろく、「駆け出しのころの作品」として今後再評価される可能性が大きい。

『北斗』石田衣良 →ドラマ化
中山優馬×石田衣良×瀧本智行。なかなか仕上がりが想像つかない、斬新な取り合わせだ。虐待・医療詐欺といった重苦しいテーマを扱っていて、後半はまるまる法廷のシーンが続く。おまけに「自販機を眺めるだけ」のシーンが重要な位置を占めるなど、相当にアクが強い作品。
主演の中山優馬は演技歴がそれほど多くない。ジャニーズなので美青年の設定には合っているが、果たしてこの難作に太刀打ちできるのか…などと懸念しながら見てみたところ、あっという間に見終わってしまった。北斗の父親・端爪至高役は村上淳。これだけでも一見の価値がある。

難しい原作を美味しく調理。

イメージ

『細雪』谷崎潤一郎 →映画・ドラマ・舞台化
本を読んだときは豪華絢爛な着物や調度品、日本家屋の美しさがイメージしきれなかったので、あらためて映像で堪能することができて満足。美人4姉妹は岸恵子、佐久間良子、吉永小百合、古手川祐子という凄まじさ。特に三女・雪子を演じる吉永小百合は、その不気味な色気が驚くほど合っていた。
原作は900ページにもわたる長編。現代の映画ほど派手な展開があるわけではないが、原作のエッセンスを手際よくまとめて飽きさせないのは、さすがの名匠・市川昆監督。

『血と暴力の国』コーマック・マッカーシー→「ノーカントリー」コーエン兄弟 →映画化
アメリカとメキシコの国境を舞台にした麻薬取引をテーマに、お金をネコババした男と、それを追う殺人者マシーン・シガーという構図で物語は進む。ノーベル文学賞候補でもあるマッカーシーの作品は映画化されたものが多いが、なかでもコーエン兄弟が手掛けた本作は大傑作だ。アントン・シガー役を、スペインの名優・ハビエル・バルデムがなぜかおかっぱ頭で怪演している。映像が美しいのと、シガーのビジュアルが怖くて、原作よりも好みだった。
ラストは何が起こったか映画ではわかりにくいと思うので、そこを補完する意味で小説も読むのがオススメ。

デカい!デカすぎて違う!

イメージ

『聖の青春』大崎善生 →映画・舞台化
不屈の将棋棋士・村山聖を演じるため、松山ケンイチが20kg増量して臨んだ一作。オファーを受けて命をかけて挑んだ役者根性は賞賛に値するが、苦労が大きかった分、なぜわざわざ青森出身(村山は広島)、将棋知識無し、長身痩せ形の俳優を選んだのかナゾだった。
さらに羽生善治役の東出昌大も違和感。コチラは将棋が趣味ということで駒を扱う所作は美しいが、とにかくデカい。和室に入るときに鴨居をかがむなど、ずっと縮尺が気になってしまった。比較的最近の話なのに、大事な場面での会話内容がかなり脚色されていたり、実在するテーマを扱う難しさを端々に感じた。

『イン・ザ・プール』奥田英朗 →ドラマ化
破天荒な精神科医が患者を完治させていくという、素敵にポジティブになれる小説。なんといっても色白デブ不潔変態の主人公・伊良部をどう再現するかがポイントだ。TVドラマ化された「Dr.伊良部一郎」では石原プロ所属の身長187cmのイケメン、徳重聡が演じた。見栄えがいいのは嬉しいが…さすがにギャップがありすぎか。映画版は松尾スズキ主演ということでやや違和感は薄れたものの、それでも原作のイメージにはほど遠い。

そのガッカリ感、一線超え。

イメージ

『ダレン・シャン』ダレン・シャン →映画・漫画化
児童向けのファンタジー小説・全12巻(外伝を含むと全13巻)。原作は本当におもしろく、のめり込むように読んだ。当然、映画を楽しみにしていたが、予告で「吸血鬼って楽しい~」という文言をみた瞬間に見る気がこっちの血の気が失せてしまった。主人公は、吸血鬼になりたかったわけじゃなく、苦しんでいたのに…。思い切ったキャスティングや物語を豊かにしてくれるオリジナルの設定はまだしも、物語の本筋がブレてしまうと入りこむのは難しい。

『DEATH NOTE』大場つぐみ →映画・ドラマ・舞台化
松山ケンイチの出世作で、Lのひょうひょうとした独特な雰囲気を見事に再現している。対するもう一人の天才、藤原竜也のゆがんだ優等生っぷりも見事にハマっていた。演技・脚本・演出の三拍子そろった質の高さに、漫画からの実写ものでは私的ナンバーワン作品!と宣言する研究員も。
ただ…蛇足だったのは2016年に放送されたドラマ版。天才・夜神月が普通のアイドルのおっかけ、ネクラに設定変更。「ルネッサ~ンス」というギャグを言った瞬間に萎えてしまい、テレビをカッターで切り刻みたくなった。

番外編

イメージ

『サラ、いつわりの祈り』J.T.リロイ→映画化
麻薬中毒の娼婦である母親と、その恋人たちから虐待を受けた少年の物語。1999年に書かれ、2004年に映画化された。著者のJ.T.リロイが自分の体験を元に執筆したと思われ、いったいどんな人物かと注目が集まった。
満を持して表舞台に現れた作家J.T.リロイだったが、その姿は人々の想像を超えていた。大きなサングラスとウィッグで顔を覆い、声や服装からは男女の判別がつかないほどミステリアス。その独特な風貌はたちまちアーティストたちから注目され、一躍セレブリティの仲間入りを果たすことになった。

ところが映画公開から2年後の2006年、ニューヨーク・タイムズが「J.T.リロイは存在しない」という暴露記事を掲載。小説が実話ではないばかりか、作者とされる「J.T.リロイ」も架空の人物であり、作家志望の女性ローラ・アルバートが自身の作品を売り込むためにつくり上げたフィクションだと判明してしまった(DVDのインタビュー映像に写る女性は、ローラ・アルバートが当時つき合っていた恋人の実妹だった)。

そんなこんなで表舞台から消えたJ.T.リロイが、約10年を経て、ドキュメンタリー『作家、本当のJ.T.リロイ』で当時のことを語り話題になった。作品のヒット、映画化、暴露記事とリアルタイムで追い続けてきた研究員は、この出来事をかなりセンセーショナルだったと振り返る。 本と同時に作者も実写化したような、珍しいお話。

本と映像は切っても切れない関係にあります。直近では、以前帯のパワーでも取り上げた「限りなく不愉快」な作品、『彼女がその名を知らない鳥たち』(沼田まほかる・著)の映画化が決定。蒼井優・阿部サダヲ主演で10月に公開される予定です。あの小説をどう映像化するのか興味深いところ。映像ならではの驚きはほしいけど、好きな原作の世界観はそのままがいい…。わがままにもそんな風に考えてしまいます。