レポート47 / 2018.03.05
紙の名前

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紙の種類は数百種類。色のバリエーションも含めると数万種類に及ぶ奥深い世界だ。とはいえ専門的すぎて、なじみがない人には取っつきづらいテーマかもしれない。そこで紙の魅力をわかりやすく伝えるべく、名前がおもしろい銘柄を集めてみた。
たとえば王子製紙なら頭に「OK(王子製紙春日井工場の略)」とつける。そんな風に、製紙会社は思い入れをもって紙の名前をつけているのだ。いかにバラエティ豊かな紙があるか、味わっていただけたらありがたい。

シンプルに「変」な名前。

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まずは〈新だん紙〉。だ、だんして!おまけに「新」までついているときた。初めて聞くと相当変な名前だが、残念ながら伝説の落語家が愛した紙というわけではない。字をあてると「檀紙」。かつて徳川家の朱印状や、宮中儀式にも用いられた由緒正しい高級和紙に由来している。ちなみに壇紙は弓の材料として知られるマユミ(檀/真弓)が原料で、主に陸奥国でつくられたために〈みちのくのまゆみ紙〉と呼ばれた。これはこれで、「みちのくひとり旅」とややこしい。

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同じく「新」がついているものでは〈新バフン紙〉がある。名前の通り、かつて使われていた「バフン紙」という紙の質感を再現した紙だ。よからぬ想像をしているかもしれないが、いくら昔だからといって、本当に馬糞に頼るほどひもじくはなかった。麦ワラを石灰乳やアルカリ薬品と混ぜてつくる原料が、茶色で、ワラが混じっているように見えて…なんとなく似てしまっただけだ。わら半紙のような懐かしい風合いは根強い人気。バフン名刺、バフンDMなど幅広く使われている。

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次に、聞き捨てならないのが〈ウッド〉。わざわざ森で木を切り倒して、チップにして、分解して、漂白して、抄いて…と加工を重ねてがんばってきたのに、まさかの原点回帰。なぜこんな名前になったか調べてみたところ、どうやら紙のなかに木の皮をイメージした混ぜ物が入っているらしい。いわば、紙の世界の親子丼といったところか。

外国人の名前シリーズ。

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サンドイッチやカーディガンが伯爵の名前からきているように、紙にも人名が元になった銘柄がある。その柄や質感を人の性格にたとえてみるとなかなか面白い。
〈ダニエル〉…ヨコシマなやつ(横縞の紙)
〈アンドレ〉…上品で繊細(紙に細かい繊維が入っている)
〈オーディス〉…陽気な酔っぱらい(千鳥模様)
〈タチアナ〉…大胆な発想のファッションリーダー(不規則模様のエンボス。ロシアの服飾デザイナーが由来)
〈エドワーズ〉…プレゼントするのが大好き(ギフトで人気のストライプ)
〈ミランダ〉…社交界のお嬢様(ガラスフレークの入った光沢紙)
〈キャサリン〉…一見普通だがまったく老けない(経年劣化の少ない紙)

どうだろう?性格づけをしてみると、一気に親近感が涌いてこないだろうか。名前シリーズはまだまだある。フルネームならスーパーマンの正体と同姓同名の〈クラークケント〉、さらにミドルネームが入った〈ネルソンオペークケント〉。形容詞がアリなら〈ニューマイケル〉や〈新スーパーボブ〉なんてものもある。2人は何がどう生まれ変わったのか…。もうとても紙の名前とは思えない。

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最後に、某海外コメディアンにあと一歩なのが〈Mr.B〉。実はとてもメジャーな紙で、独特の風合いをもつことから書籍の表紙カバーなどにもよく使われている。研究員のオススメ本『疾走』重松清(角川書店)のハードカバーもコレ。相当迫力ある表紙で近寄りがたいかもしれないが、見かけたら勇気を出して手にとってほしい。
ちなみに友だちの〈Mr.A〉もいるし、奥さんの〈ミセスB〉もいる。漫才はできないが〈B&B〉もいる。

魔法・必殺技のような紙。

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壮大な名前の銘柄も多く、冒険心をくすぐられることもしばしば。
〈ガイアA〉は、ギリシャ神話では母なる大地を司る神から。色・柄・質感ともにベーシックで、まさに主人公にふさわしい名前だ。紙の世界には、その他にも天空の神〈ウラノス〉、ローマ神話の海の神〈ネプチューン〉などさまざまな紙々が存在する。
さあ冒険だ。脇を固める仲間には、〈ブライトーン〉〈サンシオン〉〈アヴィオン〉〈サンルーマー〉あたりを連れていこう。いかにも水木一郎先生がテーマソングを熱唱してくれそうではないか。魔法のような名前もたくさんあって心強い。〈バガスフィールドGA〉〈ケナフフィールドGA〉※は、なんとなくバガスが攻撃力UP、ケナフが防御力UPの効果がある気がする。敵に遭遇したら、〈ハンマートーンGA〉〈ザンダーズベラム〉あたりで弱らせたあと、〈OKスーパーブラスター7C〉もしくは〈ストラスモアライティングレイドN〉でとどめを刺したい。ちなみにストラスモアライティングレイドNは、こんな名前をしておきながら実はマジメなステーショナリーペーパーだ。
※GA=グリーンエイド。環境に配慮した紙の規格。

紙は肌感が命。

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「紙肌」という言葉をご存じだろうか。紙も人と同じで、しっとり、ツルツル、ザラザラ、いろんな触り心地がある。ある程度はざらつきがあったほうがめくりやすいし、きめ細かければいいというものでもない。
〈羊皮紙〉は、かつて実際の羊の皮をなめして使った紙の雰囲気を再現した紙。中世ファンタジー映画などを見ていると、宝の地図が描かれた、端がちぎれて丸まったような紙が出てくるのを見たことがあると思う。似たものではやや半透明に仕上げた〈シープスキン〉もあるし、羊繋がりなら羊毛を15%ほど混ぜた〈羊毛紙〉もある。本文用紙を〈羊皮紙〉、表紙カバーを〈シープスキン〉、本体表紙を〈羊毛紙〉にすれば羊づくしで一冊つくることだってできる。規格外のごわつきを覚悟すれば、授業中の枕に最適なあたたかい本になるだろう。
他に肌でいえば〈サンバレーオニオンスキン〉が外せない。玉ねぎの薄皮のように軽くやわらかい質感をもった紙。シュッとした名前だが、「サンバレー」は製紙会社の社長・谷さんの名前を英訳してひっくり返したというほのぼのエピソードがある。確かに「谷さんのうすうす玉ねぎ紙」よりは英語のほうがよさそうだ。和モノではスエード仕様の〈桃はだ〉、鉱物感のある〈岩はだ〉、竹パルプをつかった〈竹はだ〉。残念ながら鮫はだや餅はだはない。

おいしそうな本文用紙。

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紙にはおいしそうな名前の紙も珍しくない。たとえば〈マシュマロCoC〉。「ココ」ではなく「シーオーシー」と読む。続けて読むと「マシュマロオイシイ」みたいで、いかにもかわいらしいではないか。特にぷよぷよしているわけではなく、滑らかな白色からその名前がついた。
小説など文字の多い本には可読性の高いクリーム色の紙が好まれるため、紙の名前にクリームが入ることが多い。それだけでそれっぽく聞こえてしまうのは仕方ないとしても、「名づけ親は明らかに狙ったんじゃないか?」というほどおいしそうな名前が多い。
〈OKシュークリーム〉はそのまんまだし、〈OKソフトクリーム〉にはぜいたくにもバニラ・ピーチと2種類の色を選べる。もうちょっと大人っぽいほうがよければ〈OKミルクリーム〉。これまたハニー、ロゼの2色を用意。ケーキが好きなら〈ニューシフォンクリーム〉、和菓子風なら〈クリーム金鞠〉、甘酸っぱいのが好きなら〈OKサワークリーム〉…この流れで〈淡クリームせんだい〉と聞くともはやぜんざいにしか見えないが、実はこの紙、あのハリーポッターシリーズに使われた紙。あなどるなかれ。

…以上、今回のレポートに実用的な知識はどこにもない。紙の世界は一見、職人気質なので、気軽に名前から入ってみるのはおもしろいんじゃないかという提案だ。自分が本をつくることを想像してみてほしい。猿にちなんだ本を書いているときに、〈OKミューズバナナ〉なんて紙を差し出されたら…。理屈抜きに、せっかくだからと選んでしまうのが人情というものだろう。(ただしイエローはない)
大きめの文房具屋さんに行けば、けっこうな種類の紙が置いてある。旅のしおりを一風変わった紙で印刷してみるなど、気軽にその魅力を感じてみてはいかがだろうか。