レポート49 / 2018.04.05
図鑑マニアの斎木さんに聞いてみよう

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今回研究所では、『マツコの知らない世界』にも出演された、図鑑マニアの斎木健一さんに取材することができました。斎木さんは現在、千葉県立中央博物館で教育普及課長として勤務中。趣味に仕事に、図鑑をフル活用されています。すっかり人生のパートナーとなった図鑑の魅力とは何なのか?じっくり聞いてきました。

なぜ図鑑マニアになったの?

研究員
まず、図鑑を好きになったきっかけを教えてください。
斎木さん
僕は小さなときに生きものが苦手で、地面にいるアリを見てドラム缶の上で震えているような子どもでした。母はそんな私を見て、「これはイカン」と思ったらしく、少しでも慣れるようにと一緒に虫を飼ってくれました。おかげで物心ついたときには、すっかり生きものと図鑑が好きになっていました。そうこうしているうちに博物館の学芸員になったわけですが、仕事となるとまた視点が変わって、今度は「お客さんも調べやすいような図鑑」を集めるようになりました。
研究員
コレクションはすでに1000冊を超えているとか。ご自宅にも100冊ほど置いてあるそうですね。
斎木さん
実は、いろんな種類の図鑑を買うようになったのは子どもがきっかけなんです。僕には息子が3人いますが、「鳥が好きだ」と言われれば鳥の図鑑を買って、一緒に魚獲りするからと魚の図鑑を買って…という風に、どんどん増えていきました。子どもといると、興味の対象も広がりますよね。
生きもの好きになるには、自然を怖がらないのが大事。僕は子どもをぜひとも生きもの好きにしたかったので、ベビーカーで藪のなかを歩いたりして、スパルタ式教育を施したんです(笑)。結果は大成功。全員生きもの好きに育ちました。中学生の三男は、生物部に入っていまでも虫を捕ったりしていますよ。

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研究員
特に「こんな図鑑が好き!」というものはありますか?
斎木さん
「工夫がある」図鑑が大好きなんです。ただ画像がきれいとかではなく、前はできなかったことができるようになるというのがいいですね。1970年に出た『学習コンピュータ植物図鑑』(文理書院)。付録にプラスチックの板がついていて、スライドさせることで植物が検索できるようになっています。いまみるとアナログですが、コンピュータが高価だった当時には貴重な資料でした。
あとは、斬新な視点でつくられたものもいいですね。たとえば『街角図鑑』三上たつお(実業之日本社)は、マンホールとか単管バリケードとか、変わった題材を扱っています。最近見つけたものでは『ニッポン全国和菓子の食べある記』畑主税(誠文堂新光社)もオススメです。
研究員
こう見ると、生きもの以外にも図鑑の範囲はかなり広いんですね。なかには事典、写真集と呼べそうなものもありますが…そもそも「図鑑」の定義って何なんでしょうか?
斎木さん
僕は「1種類ごとに絵や写真があって、解説がついている」というのが最低限の定義だと思っています。「~図鑑」という名前がついていても、解説がなければ写真集。逆に『ニッポン全国 和菓子の食べある記』には図鑑というフレーズが入っていませんが、写真と解説があるので図鑑ですね。
図鑑って旅行ガイドに似てるんですよ。何も知らないと見過ごしそうな建物でも、図鑑を見れば、名前や価値がわかる。見え方が全然違ってきます。私は最近街角を注意深く見るようになり、お菓子屋さんに寄るようになりました(笑)。
研究員
どんどん多趣味になりますね(笑)。では、実用性という面ではどうでしょうか。深海魚の図鑑など、実生活ではとても使えそうもないものもありますよね。
斎木さん
それも旅行ガイドで考えてみるとわかりやすいです。旅行ガイドの中にもガイド的要素の少ない、絶景を集めた本とかありますよね。見るだけ、読んでいるだけで楽しい。カタログとしてだけではなく、そういう本としての楽しさも図鑑の魅力のひとつです。

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『街角図鑑』(写真左)/『ニッポン全国 和菓子の食べある記』は、雑誌に連載中のコラムにも紹介したイチオシ本。著者の畑さんはホームである京都近辺のお店になるといっそう熱がこもるらしく、微笑ましいという。(写真中・右)

マニアの常識・日常とは?

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研究員
普段、図鑑を買う際はどのように探されるんでしょうか?
斎木さん
古本屋めぐりとネットですね。
研究員
古本屋といっても図鑑を置いているお店は限られそうですが、どのあたりが多いですか?
斎木さん
良く行くのは神保町です。鳥海書房、農業書センター、明倫館、悠久堂とまわって、最後に鳥海書房にもう一度寄るのが定番のコース。悠久堂や明倫館は掘り出し物を探しにいきます。鳥海書房はさすが生きもの専門のお店だけあって品揃えが素晴らしく、必ず正しい値段がつけられています(笑)。
研究員
斎木さんだから特別にまけてあげるよ、とかは…。
斎木さん
ゼロ!まったくないです。僕としても、そういうやり方で経営が苦しくなったりしても困るので、それでいいんです。
研究員
神保町以外に立ち寄る場所はありますか?
斎木さん
旅先に行ったら、かならず古本屋に立ち寄るようにしています。地元の新聞社や出版社が「熊本の山菜・野草」とか、「愛媛の野鳥観察ハンドブック」といった郷土の出版物を出していて、こちらではなかなか手に入ないものも多いので。
研究員
あとは、やっぱりネットですか。
斎木さん
新刊本を買うときはだいたいネットですね。まずはアマゾンで中古価格をチェックします。新刊の6割くらいまで落ちていたら古本を買うし、8割くらいだったら新刊を買います。状態も「可」とか「良い」とかいろいろありますけど、あまり気にしていません。アマゾンは基準がかなり厳しいのか、全体的に質がいいので。
図鑑は、良いと思ったらすぐ買うのが肝心です。図鑑って、どんなにいい作品でも、絶版になると再版しないんですよ。主なお客さんが初版でほとんど買ってしまうので。鳥の羽根を集めた『原寸大写真図鑑 羽』高田勝、叶内拓也(文一総合出版)なんて、他に代わりがないくらい良い本なんですけどね。

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魚ひとつとっても、さまざまな種類・年代の図鑑が並ぶ。

研究員
ちなみに斎木さんは、海外の図鑑にもアンテナを張っているんでしょうか?
斎木さん
定期的にチェックしているわけではないですが、どこかでたまたま見かけて、おもしろそうなら買いますね。たとえばイギリスには、魚とセットで釣りの仕掛けも載っている図鑑があります。やっぱり国が違うと、視点も違っておもしろいですよ。
研究員
世界的に見て、日本の図鑑のレベルはどうなんでしょうか?
斎木さん
質・量ともにダントツトップですね。海外だと、まず図鑑売り場が日本の10分の1程度しかありません。
研究員
図鑑好きで得したこと、損したことはありますか?
斎木さん
苦労はなんといっても置き場に困ることですね。ほとんど職場においていますが、整理には苦労します。得したことは、お客さんから自分の専門外の質問をされたときでも、とりあえずはどの図鑑を見ればいいかはわかること。その図鑑を持ってきて「一緒に探しましょう」と言っておいて、そのあいだに専門の学芸員に電話します(笑)。

図鑑マニアのお仕事。

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研究員
2014年には本も出されました(『図鑑大好き!』彩流社)。こちらはどういった経緯で出版されたんでしょうか。
斎木さん
あの本はもともと、博物館で行った企画展の展示解説書につくられたもので、企画展終了後も一般向けにも販売しているんです。「原稿や著作権の申請は全てこちらでやるので、編集・出版費用は出版社側がもってくれないか」という形で出版社を公募しました。
研究員
本1冊分の原稿を用意するのは、大変じゃないですか?
斎木さん
はっきりいって、めちゃくちゃ大変でしたね。もちろん1人で原稿を用意するのは難しいので、知り合いのサイエンスライターの人に入ってもらい、取材や執筆分担から、構成のアドバイス、最終的なテキストの手直しをしてもらいました。それでも2年くらいかかったんじゃないかな。科学雑誌の副編集長だった人で、本当のプロフェッショナル。内容、〆切すべてにおいてかなりシビアな科学雑誌を扱ってきた人ですから、まあ厳しくて厳しくて…。
そんな大物がこの仕事を引き受けてくれたのは、実は彼の大学院の修士課程で、私が審査員だったからなんです。まあ、いまでは完全に立場が逆転していますが(笑)。
研究員
本の出版後は『マツコの知らない世界』など、いろんなメディアに出られていますよね。時には子供たちに図鑑の魅力について教える機会も多いと思いますが、反応はどうなんでしょうか?
斎木さん
最近の小学校は「命を大事に」と強く教えていますから、自由研究で昆虫標本をつくるようなことは推奨されません。代わりに増えているのが、スマホやデジカメで生きものの写真を撮っておいて、あとで種類を調べるという方法です。みんな図鑑を使っていますし、僕も最初から、図鑑で調べやすいような写真の撮り方を教えています。植物なら「葉っぱの形がぎざぎざかまっすぐか」「葉のつき方が互生か対生か」など、先に撮影のポイントを教えておくわけですね。

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『図鑑大好き!』彩流社。斎木さんがもっとも印象に残ったという、明治40年作『蝶蛾鱗粉転写標本』掲載ページ。そのときに採取できる鱗粉が異なるため、1冊ずつ掲載内容が違うという幻の本。

進化し続ける図鑑の世界。

研究員
今と昔で、図鑑はいろいろと変わってきているんでしょうか?
斎木さん
日々進歩していますね。たとえば、『美しき小さな雑草の花図鑑』(山と渓谷社)の写真には、いろんな要素が詰まっています。

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●深度合成
10年前くらいから取りいれられた技術で、ひとつの花を撮るときに、少しずつピントをずらしながら大量に撮って、ピントのあった部分だけを合成して1枚の写真にするんです。そうすることで、被写体のすみずみまでピントが合った状態になるんですね。写真に詳しい人なら自然にはあり得ないとすぐにわかる、図鑑に向いた写真です。

●背景色が黒
昔の図鑑って決まって後ろが自然の風景ですよね。DTPが発達したことによって、白バック、黒バックの図鑑がつくれるようになり、見せ方の幅が大きく広がりました。

●カメラマン主導の本が増えた
昔の図鑑は、学者の偉い先生が主導で、カメラマンは指示通りに写真を撮るだけでした。分類学が最先端の学問で、花の名前や生態がわかるのは学者側だったからです。それがしばらくすると、学者の興味はDNAとか他の場所に移っていって、逆にカメラマンのほうが、花の分類や生態に詳しくなりました。分類や生態を理解しながら、より良い写真を撮るようになったんですね。『美しき小さな雑草の花図鑑』多田多恵子(山と渓谷社)の写真を撮っている大作晃一さんという方は、その代表例。ブログにはものすごくきれいな本がふんだんに載っていますよ。
ただ、図鑑ってどうしても画像が小さくなるからなあ…。元の良さを知っているだけに、もったいなさも感じますね。

イメージ 他には『花から分かる野菜の図鑑』亀田龍吉(文一総合出版)も、カメラマン主導でつくられた本。(写真左)/『葉で見分ける樹木』林将之(小学館)は、検索性に優れた一冊。スキャナで取り込むのは、画質を安定させるためによく使われる方法。(写真中・右)

イチオシ図鑑を教えて!

●『生きものつかまえたらどうする?』秋山幸也(偕成社)
捕まえてもすぐ死んでしまう。大きくなって飼い切れない。そういうときにどうするか、捕まえた先について書いた本です。カミツキガメとか、ミシシッピアカミミガメとか、外来種を捨ててしまう問題も増えていますから。

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●『世界で一番美しい元素図鑑』セオドア・グレイ(創元社)
単に美しい写真が載っているだけではなく、その元素がどんな製品に使われているかを一緒にまとめた本です。確かに元素名だけ聞いてもピンときませんよね。素晴らしい着眼点、マニア感です。

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●『価値が分かる宝石図鑑』諏訪恭一(ナツメ社)
歴史やカットの種類といった基礎知識はもちろん、具体的に価値のわかる図鑑です。著者が宝石業界の人なので。なんと偽物のつくり方も書かれています。

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●『チリメンモンスターをさがせ』(偕成社)
ちりめんじゃこの中に入っている混ざりものの図鑑です。海の環境が食卓の上で調べられるという感じですね。たくさんのチリメンモンスター、「チリモン」が載っています。

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●『からだにおいしい魚の便利帳』藤原昌高(高橋書店)
食べる、という視点だと魚の図鑑でも全然見え方が違いますよね。さらにテーマを絞り込んだものに『すし図鑑』(マイナビ出版)があり、そちらもオススメです。

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図鑑の醍醐味とは?

研究員
最後に、図鑑の醍醐味を教えていただけますか?
斎木さん
図鑑のいいところは、基礎知識が要らないところだと思います。何も知らない人でも気軽に読めて、十分楽しめる。もちろん専門家にとってもためになるような、深いことも書いてある。みんなで楽しめるのが良いですね。人それぞれ好みは違うと思うので、これから図鑑の魅力にふれたいという方は、まずは大きな書店で興味のある本を手に取ってみるといいですよ。

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斎木健一
1962年、神奈川県生まれ。千葉県立中央博物館主席研究員 兼 教育普及課長。2014年7月に企画展「図鑑大好き!」を開催、展示解説書の「図鑑大好き!」は現在でも一般書籍として販売中。現在、雑誌『一個人』(KKベストセラーズ)に図鑑のコラムを連載中。
千葉県立中央博物館:http://www2.chiba-muse.or.jp/NATURAL/