レポート52/2018.05.18
絵本オリンピック in Japan

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世界中の子どもたちに愛される絵本。日本の書店にも個性豊かな作品がたくさん並んでいます。中には誰もが知るおなじみの絵本もありますが、どこの国でつくられた作品かと聞かれると、実は答えられない方も多いんじゃないでしょうか。今回は、日本国内でミリオンヒットを達成した本の中から、各国のNo.1をピックアップ。作品の特徴や制作背景を調べてみることにしました。
※データ参考「ミリオンぶっく2018」(2018年5月調べ)

日本代表

イメージ『いない いない ばあ』(童心社) 1967年出版 松谷みよ子/ぶん 瀬川康男/え

日本で一番売れたのは、やはり日本生まれの本でした。日本初のあかちゃん絵本として出産祝いにもよく贈られてきた、まさに国民的作品です(研究所にある本はなんと238刷!)。動物たちが順番にいないいないばあをする、というシンプルなつくり。じっくり読まなくてもいい気軽さ、親子でのコミュニケーションの取りやすさが人気の秘訣です。
著者は『龍の子太郎』でも知られる児童文学の第一人者、松谷みよ子さん。本作以外にも、童心社からあかちゃん絵本シリーズを多数出していて、『いいおかお』『もうねんね』『のせてのせて』などミリオン超えを連発しています。個人総合部門があったとしても、間違いなくトップ争いに加わるでしょう。絵を手がけた画家・瀬川康男さんもまた、絵本界の大功労者。2000年代まで息長く活躍し、国内外で数々の賞を獲得されました。

惜しくも2位は、こちらも超有名作品の『ぐりとぐら』(福音館書店)。いずれも1960年代に出版された古豪がワンツーフィニッシュを飾っています。

アメリカ代表

イメージ『はらぺこあおむし』(偕成社) 1976年出版 エリック=カール/さく もりひさし/やく

続いてアメリカ代表、全世界で3,000万部以上を売り上げるベストセラーです。すっかりおなじみの作品のため違和感がないかもしれませんが、虫が主役というのは、絵本ではかなりの異色作。しかも、跳んだり跳ねたりできるわけでもない、地味なあおむしをチョイス…。最後には蝶になるとはいえ、そこまで読ませるには相当な工夫が必要です。
特徴は、なんといっても紙に穴が空いた仕掛け。子どものころ、はじめて触れた瞬間の驚きを覚えている方も多いんじゃないでしょうか。作者のエリック・カールさんもともとグラフィックデザイナー。ニスを塗った紙を切り貼りするコラージュの手法でこの本をつくりました。「色の魔術師」と呼ばれる独特の色彩感覚も、大きな魅力のひとつです。

アメリカの作品で2番目に売れた本は、ガース・ウィリアムズの『しろいうさぎとくろいうさぎ』(福音館書店)。本国でも同じような意味のタイトルになる予定だったところ、人種問題に配慮して『The Rabbits' Wedding(ウサギの結婚)』と改題されたといういわくつき。が、それでも異人種結婚を助長する本だとクレームが入る結果に…。たとえハッピーな内容の本でも、色んな解釈ができ、子どもの教育と密接に関わる絵本には、こういった議論が起きがちなのです。

ロシア代表

イメージ『てぶくろ』(福音館書店) 1965年出版 エウゲーニー・M・ラチョフ/え うちだりさこ/やく

同じ福音館書店の『おおきなかぶ』を抑えて、ロシア代表に輝いたのがコチラ。ウクライナの民話を元に、ロシアの作家が手がけた作品です。誰かが落とした手袋の中に、暖を求めて動物たちが入ってくるというお話は、いかにも寒い気候の国らしいですね。ウサギ、ネズミ、キツネ、さらにはイノシシまで。手袋にはやがてはしごや窓がついて、家らしくなっていきます。

この本は、2003年にもネット武蔵野(現・アマネコ舎)からリニューアル版が出ています。1978年にラチョフ本人が描いた絵がもとになっているものの、まるで別人作のようなポップな仕上がり。残念ながら現在は絶版になり、1965年版の旧版のみが発売されている状況です。新しい方も十分魅力的と思うのですが、やっぱり親世代は懐かしい旧版を選びたくなるのでしょうか。

ノルウェー代表

イメージ『三びきのやぎのがらがらどん』(福音館書店) 1965年出版 マーシャ・ブラウン/え せたていじ/やく

またしても1960年代の作品。やや意外な国の登場です。北欧は優れた絵本が多いものの、市場が小さく、日本でミリオンヒットするほどの作品は稀ですね。人口500万人のノルウェーからランクインしていること自体、大きな価値があるといえます。映画「となりのトトロ」でさつきとメイが読んでいたのは、実はこの本。
山の草をたべてなんとか太ろうとする3匹のヤギが、橋を渡るために谷に棲む怪物・トロルと対決する物語。3匹とも同じ名前(原題ではブルーセ)だったり、ヤギが真正面から勝負を挑んで勝ったりと、なかなか一本気な作品です。普通の絵本なら、頭を使って大岩を落として…という風になりそうなものですが。

北欧からのミリオンヒットは本作以外ありませんでしたが、昨2017年、ついに新星が現れました。それこそが、スウェーデンの絵本『おやすみ、ロジャー』カール・ヨハン・エリーン(飛鳥新社)。子どもの読み聞かせに最適の「眠れる」絵本。眠いが褒め言葉だなんて、他のジャンルではあり得ないですよね。正確な部数は発表されていないものの、かなりの伸びを見せています。

イギリス代表

イメージ『NEW ウォーリーをさがせ!』(フレーベル館) 2017年出版 マーティン ハンドフォード/さく・え 唐沢則幸/やく

『ウォーリーをさがせ』は1987年の発行。何度か改訂が繰り返されたため、上記のようなタイトルになりました。すでに30年の歴史があるとはいえ、今回のランキングではダントツの若手です。大人にも固定客がいるのか、シリーズ3冊が200万部を超えるという驚異的な安定感を見せます。絵本の概念を覆す超参加型コンテンツ。小さくたくさんの人を描きこむというのは、まさにコロンブスの卵的発想でした。赤と白の服が囚人服に見えることから、ウォーリーは脱走した凶悪犯がモデルだという都市伝説も…。

イギリスでは他に『ピーターラビットのおはなし』シリーズも双璧。同じくウサギが主人公の作品ではアイルランド生まれの『どんなにきみがすきだかあててごらん』もミリオンを達成しています。それにしても、ウサギは強すぎますね。(アイルランドはオリンピックにイギリス(UK)として出場するため、今回は出場資格なしとしました)。

オランダ代表

イメージ『うさこちゃんとどうぶつえん』(福音館書店) 1964年出版 ディック・ブルーナ/ぶん・え いしいももこ/やく

またまたウサギがランクイン。本国オランダでは“ナインチェ・プラウス”、日本では“うさこちゃん”、アメリカでは“ミッフィー”の名で親しまれる人気シリーズです。(最近では日本でも、ミッフィーのほうがメジャーですね)。シンプルなタッチ、四角い本、「ブルーナ・カラー」と呼ばれる色合い。斬新な試みがいくつも盛り込まれた本作は、世界中で大ヒット。キャラクター部門があれば間違いなく1位を争う、影響力の大きなタイトルです。

作者、ディック・ブルーナが2017年に亡くなったのも記憶に新しいところ。研究員が参加した「ブクブク交換」はちょうどそのころに開催されたため、参加者のみなさんが悼んでらっしゃったのを覚えています。

ドイツ代表

イメージ『ひとまねこざる』( 岩波の子どもの本) 1954年出版 H.A. レイ/ぶん・え 光吉夏弥/やく

最近Eテレで放送されている『おさるのジョージ』のルーツ。ポップな色使いですが、実は今回紹介する本の中で最も古い作品です。ドイツはグリム童話の陰鬱なイメージが強く、絵本も森をテーマとした自然な色合いの作品が多いため、「大都会に出てきた人懐っこいサル」という設定の作品がトップにくるのはなかなか意外。ちなみにグリム童話からの絵本化作品では、唯一『おおかみと七ひきのこやぎ』(福音館書店)がランクインしています。

人間の使っているものを興味津々に試すサルの物語。楽しい話なんですが、本作も「アフリカからニューヨークに連れて来られた」という設定が植民地主義を想起させる、と物議を醸したことがありました。日本の翻訳者は『ちびくろサンボ』で絶版の憂き目を見た光吉夏弥さん。なんだか数奇な巡り合わせを感じます。

ポーランド代表

イメージ『しずくのぼうけん』(福音館書店) 1969年出版 マリア・テルリコフスカ/さく ボフダン・ブテンコ/え うちだりさこ/やく

続いては東欧ポーランドから、バケツから飛び出したしずくの冒険です。水のひとしずくは水蒸気になって、時には氷になって、形を変えながら旅を続けていきます。ジャンルは一応「科学絵本」のようですが、行き過ぎたお勉強感はナシ。物語自体が楽しく、子どもが自然に興味を持てる作品です。またこの本、文章がおもしろいんです。

「ある すいようびの ことだった むらの おばさんの バケツから ぴしゃんと みずが ひとしずく」

抜群のリズム感と、手書き文字。一度見たらクセになります。

ポーランドは歴史上、4度の分裂・消滅を経験し、波乱に満ちた歴史をもつ国ですが、実は文化的にとても豊か。ショパンを生んだ首都ワルシャワ、何時代もの建築が並ぶグダンスク、小人の像であふれるヴロツワフ、絵本から飛び出してきたような村・ザリビエ…。いくつもの文化や民話が混ざり合っていて、すぐれた絵本をつくる上ではむしろエリートといってもいいくらいです。

フランス代表

イメージ『すてきな三にんぐみ』(偕成社) 1969年出版 トミー=アンゲラー/さく いまえよしとも/やく

フランス代表は、タイトルとイラストが不釣り合いな作品。仏米合作がOKならアネット=チゾン、タラス=テイラーの『おばけのバーバパパ』(偕成社)のほうが順位は上なんですが、今回はオリンピックということで、残念ながら合作は出場資格なしとしました。
本作は主人公は、なんと、どろぼう。出版社による内容紹介文が秀逸です。

「宝集めに夢中だった三人組の大盗賊が、ひょんなことから全国の孤児を集め、お城をプレゼント。」

なんとワクワクする一文なんでしょうか。さすがフランス。思わず、表紙の3人をルパン、次元、五右衛門と呼びたくなります。

著者、トミー・アンゲラーは絵本作家屈指の放浪癖の持ち主です。高校を中退してヒッチハイクの旅に出て、美術学校に一度入り、また放浪した挙げ句にニューヨークの出版社へ。戦争批判や人種差別をテーマにしたシニカルな広告を手がけました。次はぜひ、「放浪作家」で扱ってみたい逸材ですね。

以上、ここまでがミリオンヒットです。
絵本は他のジャンルに比べるとじわじわ長く売れる傾向があり、かなり古い作品が現役で書店のランキングに食い込む特殊なジャンル。今回のラインナップは、奇しくも東京オリンピックのあった1960年代に集中しました。まさか、書店でもオリンピックが開催されていたなんて…。少子化の時代にはなかなか厳しいかもしれませんが、2020年の東京オリンピックとともに、爆発的な絵本ブームが起こることを期待したいものです。