レポート70 / 2019.05.15
書店調査「葉ね文庫」

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葉ね文庫と書いて「はねぶんこ」。羽、翅、跳ね…「はね」という言葉に充てられる漢字はさまざま。そのなかでも、植物の「葉」とひらがなの「ね」という不思議な組み合わせを選んだ店名からして詩的です。
それもそのはず、このお店は全国でも珍しい、歌集・句集・詩集に特化した書店なのです。今回は、レトロな街並みに個性的なお店がひしめく大阪・中崎町にある店舗を訪問。店長の池上規公子さんにお話を伺いしました。

本屋という、自分の場所。

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研究員
こちらを始められたきっかけを教えていただけますか?
池上さん
ずっとWeb関連の仕事に携わってきたんです。プログラマーから始まり、Webデザイナーを経て、Web解析士というHPを分析する職に就きました。しっくりくる仕事に巡り合えたと喜んだのもつかの間、なぜかぽっかり心に穴が開いたような気持ちになってしまったんです。変化が速いWeb業界を「刺激的でおもしろい」と感じていたのですが、本来の「ゆっくりしたテンポの自分」を封印する必要がありました。無駄を削ぎ落として、背伸びして、それなりにスキルをアピールして、仕事をもらう。突然、そこに嫌悪感をおぼえて。
新しい技術を心から楽しんでいる仲間を見て、羨ましくもありました。
「じゃ、何の仕事だったら続けられる?」と考えたとき、本屋、という考えがよぎり、パッと視界が開けたように感じたんです。
研究員
現在もWeb関連のお仕事を続けながら、平日の夜や土曜日にお店を開けていらっしゃいますが、大変ではないですか?
池上さん
本屋一本でやるのが理想だったのですが、すぐに始めたくて。
ダブルワークになってからはむしろ、Webの仕事を楽しんでいます。本屋という軸があって、それを長く続けるために仕事をする、その感じをおもしろがっているところがあります。
研究員
どうして歌集・句集・詩集をメインにしたのですか?
池上さん
もともと本屋が好きで、いろんな店舗を巡りましたが、これから開店して長く続けるためには個性が必要だと感じました。
たまたま歌集が好きで、本屋で手に入りにくい状況を知っていたので、そういう本を少し置くのも良いかもしれない、と考えるようになりました。
研究員
確かに、一般の書店で歌集・句集・詩集のコーナーって棚数が少ないですよね。
池上さん
そうなんです。「短歌チョップ」という短歌のイベントで本の売り子をさせてもらったとき、この方向性で間違いないと感じました。めちゃくちゃ売れたので「やっぱりみんな短歌の本を買いたいんや」とニーズを実感できました。
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研究員
小規模で営業時間も限られているなか、新刊を扱っているのは珍しいケースだと思います。本はどうやって仕入れていますか?
池上さん
出版社や著者から直接仕入れています。
開業前、「取次との契約は必須なのか」が知りたくて、まずは参考になる本を探しました。
当時、古本屋の立ち上げ方についてはノウハウ本がたくさん出ていたのですが、新刊書店のものは見当たらなくて。そんななか、京都の新刊書店・三月書房さんのブログが参考になりました。マーケティング的な視点で書店経営について書かれており、とても勉強になりました。
出版社によっては取次を通さなくても仕入れができると知り、実際に出版社に問い合わせてみると、どこもすごく親切に応じてくださいました。
古本のほうは、自分の本や親戚から提供してもらった本で始めようと考えていたのですが、開店までの経緯をブログで書いていたら、歌人である太田ユリさんが本を寄付してくださったんです!もう手に入らないようなレアな本がいっぱいで、オープンのときの目玉になりましたね。歌集などを専門にする書店なのに古本が弱かったので、本当にありがたかったです。
研究員
中崎町という場所は決めてたんですか?
池上さん
以前、サクラビルには「BooksDANTALION」というZINEの専門書店があって、そこに通っているころからおもしろいビルだと感じていました。本屋があったなら湿気なども心配ないかな、と。中崎町は、梅田から近いのにのんびりしてて、面白い店がいっぱいあって。好奇心やこだわりの強い人達がふらっと来て、歌集を「面白い」と楽しんでもらえるんじゃないかな、と思って決めました。

詩人のような壁紙プランナー。

研究員
内装はどうされたんでしょうか?
池上さん
内装、これはほんとうに良い出会いによるものなんです。私は棚と本さえあればよいと思っていたのですが、ツイッターで相互フォローをしていた壁紙プランナーの金谷彰夫さんが「壁、やりますよ」とメッセージをくれて。金谷さんのアップしている写真が大好きだったんです。実際にお会いして、話をしてみると、くっきりと葉ね文庫の方向性が見えてきました。「内装はこの人にまかせよう、一度来たら忘れられないような空間にしてくれる」と、心が躍りましたね。
壁や照明の飾り、天井などもすべて金谷さん手によるもの。「絨毯を敷いたらどう?」と提案してくれたのも金谷さんです。

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研究員
絨毯を敷いて靴を脱ぐスタイルが不思議だったんですけど、そういうことなんですね。
池上さん
元は土足で入るようにするつもりだったんですよ。オープンの直前に体調を崩したとき、靴を脱いで寝っころがりたいなと思って(笑)。埃も吸収してくれるので、結果良かったです。
開店当初、テーブルを並べてその上に本をレイアウトするのを提案してくれたのも金谷さん。今は棚に変わりましたが、それもやっぱり金谷さんからの提案(笑)。1年前に来られたとき、本が増えすぎて床面積が狭くなっているのを見て、「これはよくない。はじめて危機感をおぼえました。棚にしてはどうでしょう」ということで、憧れの複柱複式書架を思い切って狭い空間に入れました。これを見た金谷さんは「言葉のマンションだ」と。
研究員
詩人ですねぇ。
池上さん
そうなんです。敷いてある絨毯を「空飛ぶ絨毯」に見立てて、「絨毯で飛んでいたらこの辺りに山が見えてくるはずだ」と、別の壁に山を描き始めたり(笑)。
研究員
金谷さんあっての、この雰囲気なんですね。
池上さん
私はかわいいものとかあまり好きじゃなかったんですけど、金谷さんがやってくれたアレコレはすごく好きになって。カメラ女子が「かわいい」って写真を撮ってくれるのを見ると、金谷さんの言うとおりにしてよかったな、って思います。
研究員
何よりの広告ですね。このオリジナルブックカバーも金谷さんでしょうか?
池上さん
そうなんです。実は私は不器用で、ブックカバーをかけている間、お客様を待たせてしまうんじゃないかと不安で…。でも金谷さんが、「大丈夫、葉ね文庫のお客さんはのんびり待ってくれます」って。なるほど、と思いましたね。
季節によって色味を変えて印刷しているんですよ。今は春なのでちょっと桜っぽい色にしています。
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善意の古本。

研究員
ジャンル問わず、面白そうな古本がたくさんありますね。
池上さん
古本はジャンルを限定していませんが、短歌や俳句、詩をつくっているお客様が多いので、自然とそういう方々の好みの本が集まってきています。「自分が好きなので、この店に来る人に読んでもらいたい」と持ち込んでくださる方も多くて。「善意の古本」と読んでいるんですけど(笑)、すごく良いサイクルができています。
研究員
コミュニティのような役割も担っているんですね。
池上さん
目指したわけではないのですが、やっぱり作り手のお客様が多いので、お客様同士が仲良くなって…という。
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研究員
年配の方が多そうな印象ですが、どうなんでしょうか?
池上さん
意外と若い人が多いんです。営業時間が夜だからというのもあると思うんですが、短歌がツイッターなどのSNSと親和性が高くて、若い作り手が増えているんですよ。ネットでの交流が盛んで短歌の投稿サイトなんかもあり、大学短歌バトルとか盛り上がっていますね。
俳句は、芸能人の俳句を俳人の夏井いつき先生が添削する『プレバト!!』というバラエティ番組が人気ということで、この番組がきっかけで俳句を始めたという人も来店してくれました。
研究員
よく売れるのはどんな本ですか?
池上さん
やはりSNSで話題になったものとか、総合誌で言及されているものとか、賞をとった本とか…。だいたいお目当ての本があって来店されるようです。
研究員
これだけたくさんの本があると目移りしてしまいそうです。
池上さん
これでもかなり絞っているんです。歌集や句集などは人生の集大成として自費出版されるものが多く、さまざまなシーンを切り取ったアルバムのような側面があるので、作者への愛がないとなかなか読み通せないものも多いと思うんですよ。なので今のところは、作り手の刺激になるような本を厳選しています。「もっと人のストーリーが読みたい」というお客様が増えたら、そういう本も増やすかもしれません。自分の感覚に頼らず、お客様のニーズを汲み取って、柔軟に舵を切っていきたいです。

オススメの本。

イメージ『光と私語』吉田恭大

研究員
今、一押しの本を教えてもらえますか?
池上さん
まずは、吉田恭大さんの『光と私語』(いぬのせなか座叢書)です。詩集や歌集、句集は装丁が凝っているものが多いんですが、この本は特にこだわりを感じます。いぬのせなか座という詩の世界を騒がしているユニットによる装丁です。ガバッと中央まで開く独特の製本に、透明のカバーが印象的です。吉田恭大さんが満を持して歌集を出されるということで楽しみにしていたんですが、かなり長い時間待って、ようやく3月末に出たばかりなんです。
次に最近ツイッターでバズった本なんですが、千種創一さんの『砂丘律』(青磁社)という歌集。話題になった時にはすでに絶版になっていて「もう買えないのか」と。出版社が「300冊予約注文が入れば増刷します」というツイートをしたら広まって、すごいスピードで増刷が決まりました。こちらも手作業の製本で大胆な装丁。かなりコストがかかっているみたいなんですけど、1,400円(税込)と安いんです。
研究員
えっ!こんなに凝った造本で1,400円!!何かの間違いでは…、と心配してしまいます。
池上さん
たくさんの人に読んでもらえるようギリギリまで値段を下げたのでしょうね。値段も魅力ですが、とにかく内容が素晴らしいのでオススメです。
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  • イメージ『砂丘律』千種創一(写真上)/『歩きながらはじまること』西尾勝彦(写真下)

年に一度の落語会。

研究員
落語会などのイベントも行ってらっしゃいますね。
池上さん
私はできるだけシンプルに、本に囲まれて本を売りたいだけなんですが、落語会は珍しく自分から乗り気になってやっているものです。
笑福亭智丸さんという落語家さんがいらっしゃるんですが、実は疋田龍乃介さんという名前で中原中也賞の最終候補に残るほどの詩人。お店に来てくださったことから仲良くなりまして、ある方が「ここで落語会したらいいやん」と何となく発した一言から、智丸さんも乗り気になり、実現しました。本に囲まれながら聞く落語はすごく趣があるんです。それで年に1回の恒例行事にしよう!と。
研究員
これだけ本があると、スペースをつくるために棚から本を出したり、パワーがいりますね。
池上さん
そのときだけ、常連の学生さんなどにお声がけして、短期アルバイトに来ていただいています(笑)。
最近では、詩人の御徒町凧さんの朗読会を開催しました。森山直太朗さんの曲の作詞をされていることでも有名な方です。
「この空間で朗読会をやってみたい」と仰っていただいて。
初めて来店されたときから立っているだけでエネルギーを放っている感じがすごくて、この人の朗読はきっとすごいに違いない、と思ったんです。実際にその場にいて、強く美しい声に聞き惚れ、耳から再現されるイメージを楽しみ、また、その日に作ったばかりだという長い詩の言葉の多彩さに驚き…。廊下まで人が溢れたカオスな夜でした。
ただ、普段はイベントをしないんです。営業の日時が限られているので、来店された方ががっかりしないよう、できるだけ普通に本を売っていたいと思っています。
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  • 『歯車vs丙午』疋田龍乃介(写真左)/『Summer of the DEAD』佐内正史・御徒町凧(写真右)

研究員
今後の展望はありますか?
池上さん
できるだけ長く続ける!また、ゆくゆくは古本の方にちょっとずつ比重を傾けていくのかな、と。本の修理もできるようになりたいんです。古本のなかには修理が必要なものもあるんですが、今はそのままビニールに入れて販売していて。「修理してほしい」という要望に応えられるようになれたらいいですね。またお勉強が必要ですが(笑)。

葉ね文庫さんの棚に並んだ本を拝見して思ったのは、歌集や句集、詩集というのは、造本が美しく、普段しないような加工がされていて、どれも特別な本だということ。それだけにインターネット書店ではなく、実際に手に取って触れてみて選ぶことの大切さを感じました。ぜひ店頭を訪れて、心が跳ねるようなスペシャルな1冊を見つけましょう。

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葉ね文庫
〒530-0015 大阪府大阪市北区中崎西1-6-36 サクラビル1F
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営業時間 火・木・金19:00-21:30 土11:00-21:30/定休日:月・水・日
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