レポート21 / 2016.12.28
本のグルメ「◯◯の丸かじり」編
東海林さだおのエッセイに「丸かじり」シリーズがある。週刊朝日で30年近く連載される「あれも食いたいこれも食いたい」を文庫化したもので、連載回数は1,000を超える。その魅力は、なんといっても食への果てなき探究心だ。食レポといえば「うまい」「ヤバイ」しか言わない世間の風潮に逆行し、くだらない妄想に人間の愛と悲哀が詰まった抱腹絶倒の名作。この作品に登場する、身近な食材を使った絶品B級グルメを食べたいがあまり、実際につくってみようということになったが…。
最中ゴハン
「最中はヤドカリである。」
(『うなぎの丸かじり』最中の真実)
という衝撃の一言から始まる一品目の最中ゴハン。要するに、最中は饅頭と違い、ガワがアンコにフィットしておらず借り物のよう。口に入れると、メシャッという音とともに「しまった感」をかもし出すのだそうだ。…なんだかよくわからないが、中身をご飯にすると、もう少しフィットするかもしれないということなのだろうか。
最中ゴハン
【材料】
・最中(2個)
・ご飯(半膳程度)
・海苔(1枚)
・醤油(少々)
【つくり方】
1.最中の上側を取り、中のアンコを取り除く
2.空になった最中にご飯を詰める
3.海苔に醤油をつけ、ご飯の上にのせる
4.最中を閉じたらできあがり
さっそく調理に入る…が、いきなりのケアレスミス。餅入りの最中を買ってきてしまったために、うまくガワを剥がすことができない。強引に試みるもあえなく決壊してしまった。なんとも前途多難なスタートとなったが、あわてて新しい最中を買い、作業再開。まずはアンコを取り出していくわけだが、これがかなり難しい。予想外に繊細な作業に相当なストレスを感じながら、やっとのことでアンコを取り終える。空になった最中を眺めていると、なぜか悪いことをしたような気分になる。気を取り直して、いよいよご飯を投入。まるでお供えのように小さな器に入れられて、なんだか所在なさそうに見える。仕上げに海苔を添え、醤油をかけて上蓋をかぶせてしまえば、再び見た目は最中。ちょっとはみ出したご飯が愛しい。
●実食
記念すべき最初のチャレンジだが、それほど変わった材料もないので恐れることはない。がぶりと一口。うーん…。なんのパンチもない。確かにアンコをご飯にすることで「しまった感」は薄れたが、海苔と醤油の存在感がない。なんだったらキレイに剥がしきれず微妙に残っているアンコの味のほうが強く、おはぎのような味わいになってしまった。
つくる手間に比べて驚きや意外性もなく、地味。試食したメンバー全員が、おにぎりと最中を別々に食べたいと思ったはずだ。餅で失敗しておいて言える立場ではないが、やはり餅は餅屋である。
炭酸3部作
ある猛暑の夏、作者は世間で梅干し茶漬けが流行っていると聞きつける。と同時に、ハイボールブームも聞きつけてしまう。炭酸入りの涼しげなお茶漬け。大人しい顔したソーメンにも入れちゃったりして。想像は膨らみ、最後にひょうひょうとこう語る。
「そういえば、これまで味噌汁ドリンクというの、なかったな。」
(『ゆで卵の丸かじり』決行!炭酸水)
この料理(?)はとっても簡単だ。ほんのちょっとの勇気さえあれば、すぐに味わうことができる。うまくいけば、忙しい出勤前の定番になるかもしれない。
炭酸水味噌汁
【材料】
・インスタント味噌汁(1人前)
・炭酸水(150ml)
【つくり方】
1.インスタント味噌汁をお椀に入れる
2.炭酸水を注いだらできあがり
●実食
結論からいうと「食べ物で遊んだらアカン」。しばらくは一同、笑いが止まらなかった。戸惑いも一定のレベルを超えると、人間は感情がおかしくなるらしい。「なにこれ?」「炭酸だから?」とさまざまなコメントが飛び交うなか、炭酸水を追加してみるなど、試行錯誤する者も現れる。しばらくは「おもしろい」などという言葉でごまかしていたが、次第に「不味い」、更に発展し「不快」に変わる。炭酸と一緒に味噌がはじけ飛んでくるという新鮮な驚きに、みんな酔っていただけだったのだ。鼻をつきあげる礒の香りが忘れられない、トラウマになりそうだ。貝の味噌汁を使用したのも敗因で、余計な風味がなければマシだったかもしれない。
この後、まだ炭酸メニューが2つも待ち受けており、「やめるか?」という意見が出る。身体に刻まれた痛みは重く、黙り込む…。しかし、身を震わせながらも研究レポートに立ち向かうしかない。炭酸メニュー2品目はお茶漬け。東海林さだおが炭酸に惹かれるきっかけとなったメニューである。
「お茶漬けが口の中で大騒ぎするんですよ。大人しかったお茶漬けが、急に暴れん坊になるんですよ。」
(『ゆで卵の丸かじり』決行!炭酸水)
我々を動かすのは、もはや探究心だけだ。
炭酸水茶漬け
【材料】
・炭酸水(150ml)
・ご飯(1膳)
・梅干し茶漬けのもと(永谷園)(1人前)
・氷(少し)
【つくり方】
1.あたためたご飯を水洗いし、ぬめりをとる
2.ご飯を茶碗に盛り、お茶漬けのもとをかける
3.氷と炭酸水を入れればできあがり
研究員がおそるおそる炭酸を投入すると、どこかから「もったいない…」と声があがる。
味噌汁に比べて良い点としては、彩りがあり見た目がいいこと。料理は目で楽しむもの、そんな言葉がひしひしと心に響く。反面、せっかくの味を(おそらく)台無しにしてしまう罪悪感が襲う。
●実食
「ん…!?これは意外と…アリ!」炭酸が氷でキン!とすることで、さらに清涼感が増している。味噌と違い、梅は清涼感もあるので炭酸との相性が良いのかもしれない。発泡感は気にならず、暑い真夏に普通に食べたいかもしれないほどだ。冷静に考えるとただの冷たいお茶漬けだが、マイナスからのスタートだっただけにギャップで高評価となった。痛い目を見なかった、というだけで全員の胸に安堵感が広がる。意外な成功に味を占めて、余った炭酸水でもう1品をつくり始める。
炭酸水そうめん
【材料】
・そうめん(2束)
・3倍濃縮そうめんつゆ(50ml程度)
・炭酸水(100ml)
【つくり方】
1.そうめんを茹で、盛りつける
2.つゆを炭酸水でうすめたらできあがり ※つゆはふつうの濃さよりうんと薄めに
味噌はダメ、梅はOK。では、めんつゆは?イケるようなイケないような、微妙な立ち位置。そうめんを準備するまでの気持ちは軽やかだが、諸刃の剣である炭酸水をふりかけると、不安をかき立てるように、めんつゆがフォトジェニックに泡立った。
●実食
一口すする。何人かがちょっと笑う。第一印象は可もなく不可もなく。というのも、麺をちょっとつけるくらいの量だとあまり炭酸を感じないから。原作によると、オフィシャルな食べ方はこうだ。
「食べる時はつゆをそうめんにつけるのではなく、泡立つつゆとそうめんを一緒にすすりこみ、つゆも一緒に多めに飲み込む」 (『ゆで卵の丸かじり』決行!炭酸水)
実践しようとするがなかなか難しく、残念ながら醍醐味を味わうことができなかった。
味噌醤油合体ラーメン
炭酸だけに必要以上の満腹感を感じつつ、炭酸三部作が無事(?)終了した。しかし、クライマックスはこれからである。実は、これ以降のレシピはかなり期待できるメニューが続く。その手始めとしてラーメンの登場だ。みんな大好き、まさかあのラーメンが裏切るなどあり得ない。原作の引用とともに、テンションを上げていこう。
「ああ、考えただけで胸が高鳴る。舌が踊る。ノドが震える。究極と至高が混ぜ合わされるのだから、エート、ド極至究高の味とでもいうものにならないわけがない。こんなことを思いついた人、これまでにいたでしょうか。」
(『いかめしの丸かじり』ラーメン大革命)
味噌醤油合体ラーメン
【材料】
・醤油ラーメン(袋麺・生麺タイプ)(1人前)
・味噌ラーメン(袋麺・生麺タイプ)(1人前)
・水(500ml程度 ※袋麺のつくり方に準ずる)
・青ねぎ(飾り用)
【つくり方】
1.袋麺のつくり方に準じてラーメンを茹でる
2.2つの器に醤油ラーメンの調味料を半分ずつ入れる
3.味噌ラーメンの調味料も半分ずつ入れる
4.沸かしたお湯を器に半量ずつ注ぐ
5.ゆであがった麺を半量ずつ入れたらできあがり
みなさんおなじみのインスタントラーメンづくりを、同時に2杯、違う味でつくるだけ。不味いわけがない、という確かな手応えがあった。
●実食
普通に美味しい。いや、ラーメンはそもそも美味しいのだから、普通だ。作中では「気も狂わんばかりに」と表現されているが、かなり大げさに盛った表現といえる。ダブルスープといえば聞こえがいいが、なんだか味がややこしい。目をつぶると、味噌でも醤油でもないどこにも所属しないフリーランスのラーメン。もちろん味が悪いわけではない。ただ、期待値が高かっただけにもっと感動するような化学反応が起こってほしかった。
オイ丼
肩透かしを食らったが、気を取り直して本日の大トリに挑もう。その名もオイルサーディン丼、略して「オイ丼」だ。このメニュー、作者の脳内で起こったある連想ゲームから誕生することになった。まず牛丼や豚丼は、家畜の疾患が怖い。だから魚を使いたいが、鯖の味噌煮丼ではもっさりとしすぎるから、もっと垢抜けた感じでオイルサーディン丼にしよう。丼は醤油味ばかりだし、塩味というのも新しい。さらに作者は吠える。
「誰も考えつかなかった塩丼としてのオイルサーディン丼を、全国の吉野家で発売する。塩丼が一杯売れるたびに、発明者のところに二百億円が入ってくるのだ。」
(『おでんの丸かじり』オイルサーディン丼完成す)
まだ店頭に並んでいるのを見たことがないが…、計画が頓挫する理由があったに違いない。
オイルサーディン丼(オイ丼)
【材料】
・オイルサーディン缶(1缶)
・卵(2個)
・玉ねぎ(1/3個)
・カリカリ系梅干し(5個)
・カイワレ(彩りになる程度)
・ご飯(丼1膳)
【つくり方】
1.卵をゆで卵にし、黄身を取り除く(今回は白身のみを使います)
2.ゆで卵の白身と、玉ねぎ、梅干しをそれぞれみじん切りにする
3.カイワレは茎の部分を切り、葉だけにする
4.ガスコンロに焼き網を設置し、開けたオイルサーディン缶をのせ、火にかける
5.丼にあたためたご飯を盛る
6.ご飯の上に卵の白身のみじん切りを敷く(厚さが5ミリになるくらい)
7.玉ねぎのみじん切りも同様に敷く
8.あたたまったオイルサーディン缶を丼の上でひっくり返す
9.カイワレの葉と梅干しのみじん切りをふりかけたらできあがり
複数の具材をみじんぎりするなど、これまでの料理とは打って変わって手が込んでいる。オイルサーディンを缶のまま火にかけると、ワイルドなキャンプ料理のようでワクワクする。このオイ缶、フチいっぱいに入った油が激しくはねて危険である。とてもランチタイムの吉野家で、アルバイトの方々がオペレーションしきれる代物ではない。仕上げにはカイワレの葉だけを使う。「贅沢!!」の大合唱になるのは、庶民のいじらしさ。コスパは悪いが見た目は立派なカフェごはん。研究員全員、これまでの料理とは比べものにならないほど気持ちが高まっているのがわかる。
●実食
各人黙々と食す。なかなか「美味しい」の言葉が出ない。手間をかけた分、ハードルがあがったのか。味は単調なのに量がかなり多く、大量の油でコーティングされていてしつこい。玉ねぎと卵が緩和する役割を担っているものの、少し分量が足りなかったか。オイルサーディン自体の塩気と梅干しだけでは味が薄く、醤油を足すとマシになる(やはり丼には醤油なのか)。さらに、原作をはずれてブラックペッパーとレモンまで足してみる。実は、味の薄さについては東海林さだお自身も危惧していた問題点。このオイ丼、素材を活かす味つけのセンスがかなり問われ、そこが商品化するためのカギとなる。
自作カラスミ
激動の一日が終わったが、なんとなくみんなの表情がさえない。それもそのはず、心から「おいしい!」と言えるメニューがなかったからだ。このままではこの研究レポートを提出してもボツにされる可能性がある。仕方ない、こうなったらあれを出すしかない。実はこんなこともあろうかと、冷蔵庫でもう一品仕込んでおいたのだ。そのメニューとは『サンマの丸かじり』に載っている、自作からすみ。ボラの卵巣を使うと超高額になってしまうので、タラコでつくってみようという発想から生まれた、貧乏人のからすみ。別名「プアマンズ・カラスーミ」だ。1本あたり200円でできるが、完成まで1週間かかるため、前もって仕込んでおいたわけだ。
自作カラスミ
【材料】
・たらこ(3本)
【つくり方】
1.タラコをざるにのせる
2.冷蔵庫に入れて、1日2~3回ひっくり返す
3.1週間たてばできあがり
ひたすら寝かせて待つべし。これがほんとにカラスミになるのか?腐らないのか?不安がよぎる。めんどくさいので、毎日朝晩2回だけ、そっとひっくり返す。3日目、まだやわらかい。6日目、だいぶ固くなり、すごく縮んでカラスミらしくなっているではないか。
●実食
カ、カラスミだ!すぐさま「美味しい!」の声があがる。見た目も味も本物のカラスミにかなり近く、金額的にかなりのお得感がある。なにしろ冷蔵庫に入れ、気づいたときにひっくり返せばいいだけなので、会社勤めの方も気軽にできる。上司に差し出せば、日々のポイント稼ぎに最適かもしれない。注意点としては、1週間を超えるとかなり硬くなってしまうこと。ぴったり7日目あたりに食べるのが絶妙でおすすめ。7日すぎたらラップして保存しよう。
今回、全体を通してまた食べたいと思ったものはプアマンズ・カラス-ミだけだが、意外性を考慮すると炭酸水茶漬けも捨てがたい。やはり創作料理は、変わり種を選ぶことに価値がある。味について微妙な結果にはなったのは致し方ないところだ。
東海林さだおの丸かじりシリーズは、なんといっても普段料理しない人が、料理気分を味わえるのがいい。手間暇やコスパなど二の次のB級グルメ。そのなかでお気に入りを探して、「俺はこれ世界一うまい!」と言ってしまうのが粋というもの。
現在も続き、40作をかぞえる人気シリーズ。ぜひみなさんにもチャレンジしてもらいたい。このチャレンジ以来、研究員は素朴な味噌汁のありがたみをかみしめる毎日である。