レポート04 / 2016.04.15
書店調査「かもめブックス」

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神楽坂駅から徒歩1分。オープンテラスのカフェとギャラリーを併設する「かもめブックス」は、校正校閲の会社・鷗来堂が母体の新しい本屋だ。2014年11月のオープンと日は浅いものの、わずか1年半でかなり話題になり、メディアの露出も増えている。果たして、その人気の秘訣は何なのか?店内を歩く度に仕掛けがあって、興味や疑問が尽きない。これはぜひ、話を聞いてみなくては。鷗来堂の社長であり、かもめブックス店主、栁下恭平氏に取材のアポを取った。業界でもちょっとした顔である栁下氏から、どんな話が聞けるのだろうか。

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「かもめブックス」って何?

校正校閲とは、文章中の文字や整合性の間違いを見つける仕事。鷗来堂は書籍関連の仕事が9割を占める職人集団。小売店を始めて人前に出るというのは、かなり意外性があるように思えた。

研究員
まずは、かもめブックスをつくったきっかけを教えてもらえますか?
栁下さん
僕は歩いて通勤していて、毎日この店の前を通ってるんです。以前は文鳥堂書店という店があったんですが、ある朝見たらシャッターが閉まっていて、「閉店しました」と貼り紙があったんです。その日の日中は忙しく過ごしていたんだけど、夜になって、なんだか気になってしまって。
研究員
気になる……というと?
栁下さん
もちろん、本屋が厳しいのは知っていましたが、この神楽坂でもなくなるのか、と。新潮さん、音楽之友社さん、偕成社さんもありますし、講談社や小学館にお勤めの方が住んでいたりもします。デザイン事務所も多くて、ちょっと下れば印刷所や小さな製本所がたくさんある。そんな街で本屋さんがなくなるなんて、僕たちはこれから本をつくり続けていけるんだろうか?と。それが最初の理由ですね。
研究員
「かもめブックス」と名づけた理由はなんですか?
栁下さん
鷗来堂と同じ想いですね。俳人・三橋敏雄さんの「かもめ来よ 天金の書を ひらくたび」という句からとっています。「天金の書」とは小口に金飾を施した本、「かもめ」は開いた本のかたちを海の上を飛ぶ鷗に見立てたもの。特別な本を開く高揚感がイメージです。
研究員
一冊一冊が特別、ということですね。お店の本を選ぶ基準みたいなものはありますか?
栁下さん
神楽坂という土地柄は30~40代の女性がメインで、次に男性。その次が50代以上のお客さんかな。生活、教養に関心が高くて、消費に関してはややコンサバティブ。これで主要な棚揃えが決まって、その上で特集棚を組みます。いまは「GREEN UP!!」っていう企画で、シンプルに緑の本を集めていますね。
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    栁下氏が「神楽坂のシンボリックな場所でありたい」と語るこの場所は、50年近く本屋が続いており、かもめブックスで3代目となる。

デザインが気になる。

栁下さんはどんな質問に対しても即座に答えてくれる。それだけでも、店を始めた経緯が単に情緒的なものだけじゃなく、かなり綿密なプランに沿っているとわかる。店内を見渡すと、とにかく細部にまでこだわりが行き届いている。これ何の棚?と首をかしげれば天井に「New release!」の文字があるし、トラヴェラ-ワゴンに絵本を乗せるような見せ方もあって、テーマパークのように賑やかだ。その中でもひときわ目を引くのが、蝶ネクタイのキャラクター。デザインやロゴなど、見た目の部分にはどんな考えがあるんだろう?

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研究員
「アンドウさん(※)」って言うんですよね。確か、公募で名前がついたって聞きました。
※かもめブックスの番地「123」から、フランス語のアン・ドゥ・トロワをもじったもの。何かが始まりそうな数字だから、とのこと。
栁下さん
キャラをつくってグッズ展開とかは元々あまり考えていなくって、実はかもめブックスのメインロゴのB案だったんです。ただ、「かもめ感」がまったくないっていうことでボツになったんですよね。それにもともと、僕をモデルにする話じゃなかったんです。イラストレーターの方が、運営開始前のティザーサイトに写ってた僕を見て、描きたくなったらしくて。嬉しいことに。
研究員
たしかに描きたくなります(笑)。
栁下さん
捨てるのが惜しかったのでマスコットキャラクターになりました。経緯としては雑なんです(笑)。でも、すごく使いやすくてPOPなんかに使うと締まりますね。
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なぜ、カフェとギャラリー?

なんといっても一番の特徴は、カフェ『WEEKENDERS COFFEE All Right』とギャラリー『ondo kagurazaka』があること。書店としては決して広くない店舗で、貴重な売り場面積を割いているとも言えるが、複合型にした真意はどこにあるのだろう。

研究員
本屋にカフェやギャラリーをつけたのはなぜですか?
栁下さん
理屈で考えて、ラーメン屋のあとにラーメン屋を開いてうまくいくのかなって。神楽坂ってわざわざ来ない場所だから、住んでいる人と、働いている人がターゲット。1週間に2回くらい、15分くらい寄る感じですね。それなら本の売り場は19坪くらいに絞ったほうが見やすいな、と。他にもいろいろ理由があるんですが、一番はやっぱり接客面ですね。本屋さんって積極的に接客しない業態だから、入退店にカフェの要素を入れたくて。カフェの挨拶って、すごく気持ちが良いじゃないですか。
研究員
確かに、本屋さんに入ってカフェのトーンで挨拶されたら驚きますよね。
栁下さん
小売って、接客が良くないとダメなので。本はどこで買っても同じだから、この人から買いたい、ってなるのが重要ですね。もちろん、単純にコーヒーが好きだからっていうのもあるんですけど。
研究員
ギャラリーのほうの目的はなんでしょうか?
栁下さん
ロゴをデザインしてくれた会社(G_GRAPHICS)と一緒に企画・運営していて、2週間に1度くらいのペースで企画展示を変えています。本屋さんってガラッと雰囲気を変えづらいから、変化をつける意図はありますね。
研究員
本棚も入り口側から料理、飲み物、園芸、趣味、音楽、アートときて、その流れでギャラリーに繋がりますよね。その辺も工夫されてるな、って思います。
栁下さん
そうですね。カフェが日常の象徴、ギャラリーが非日常の象徴なので。奥まで進んでまた元に戻るっていう。そういうイメージではつくってますね。
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    写真左:江戸川橋「関口フランスパン」のトーストに、ACHO KAGURAZAKAのプリンや、バルサミコ酢を煮きってイチゴを混ぜた特製ジャムをのせて食べるのが、栁下さんイチオシのメニュー。

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これから。

カフェは流行を逃さず、ギャラリーも2週間に1度変化する。本の売り場も、頻繁に特集棚が入れ替わる。そのアイデアは渡り鳥のように、形を変えながら飛んでいく。さあ、その行く先は?

研究員
カフェではACHO KAGURAZAKAさん(神楽坂の洋菓子店)の商品が多く使われているみたいで すが、もともとお知り合いだったんですか?
栁下さん
僕がそこのプリンが好きで、うちの社員もよく買っていたので、知っていましたね。お店をやるときに、コーヒーは京都のお店(WEEKENDERS COFFEE)の豆とすぐ決まりましたが、焼き菓子をどうしようかなって。で、お願いしたら「いいですよ」と。
研究員
コーヒーのメニューについてはどうやって決めているんですか?
栁下さん
基本的に店のバリスタと、ロースターの金子さんっていう人です。コーヒーには旬や流行がありますので、専門家の意見を聞いてますね。
研究員
オープンから1年半くらい経ちましたが、何か変化って感じますか?
栁下さん
課題はたくさんありますね。メニューの見せ方といった細々したところから……。あとは小売店舗の限界をどう突破するか。やりたいことがいくつか見えてきましたね。
研究員
たとえばどんなことでしょうか?
栁下さん
ECサイトをつくろうと思っています。ただ、慎重にですね。リアルな店舗をコンセプトにやってきたし、急にサイトをつくるだけでは売れない。うちは返本率が低いですが、もっと低くしたいんです。たとえばある特集が終わったら、通常の棚に入る。ところがお客さんのほうは意外と気が長くて、「あれ、この前ここにあった特集なくなったの?」って聞いてくる。だから、終わった特集をECサイトでアーカイブにして、リアル店舗で伝え切れなかったコンセプトを伝えたい。せっかく毎回企画を立てて、ロゴもつくっていますからね。
研究員
ちなみにこの話は掲載してしまっても大丈夫ですか?
栁下さん
自分たちで言うのは野暮な話なので、聞いてもらってむしろ嬉しいです(笑)。
研究員
最後に、かもめブックスの一番大きな目標、夢はなんですか?
栁下さん
定休日、つくりたいですかね(笑)。
というのも、在庫商売ってお店を開け続けた分だけ売り上げが上がるんですが、企業なら一週間うまくいかなくても、次の週で逆転することもできる。週5日の営業で商売が成り立てば、小売の限界を突破したと言えるかな。みんなで1ヶ月ハワイに行くくらいの余裕がほしいです。

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夢は?と聞かれて、間髪入れず「定休日」というフレーズが出ることに、天性の懐の深さがにじみ出る。いま、日本でこれだけ書店について楽しく語れる人がどれだけいるのだろう。インタビューが終わると、栁下さんは大きくのびをした。記念撮影のお願いには「腕組みましょう!」と誘ってくれ、いそいそと開店の準備にとりかかる。私はカフェに席を取り、すすめられたチョコバーをお土産に買い、トーストをかじった。栁下さんからオススメと言われると、ついつい手を伸ばしたくなる。

果たしてかもめはハワイにたどり着くことができるのか。要注目の本屋だ。