レポート15 / 2016.09.30
本の広告
なぜ私はこの本を買ったのだろう?CMを見たわけでもなければ、駅で大きな看板を見たわけでもない。書店にフラッと立ち寄りなんとなく手にしただけ、いわば運命の1冊なのかもしれない。とはいえ、本もいろんな方法で宣伝されているはずだし、知らず知らず広告に誘導された可能性もあるわけです。本の広告といえば、いくつか思い当たるものはあるけど…せっかくなので、ちょっと調べてみることにしました。
電車と新聞。
まず、思いつくのは電車で目にする中吊り。通勤中、なんとなく視界に入った週刊誌の旬な見出しが気になって仕方ない、電車を降りてホームで即購入したことがある、そんなあなたは完全に出版社の術中にハマっています。この広告が定番で続いているのはそんな人が多いからでしょう。同じ電車の広告でも、最近特に異彩を放っているのが、サンマーク出版の額面広告とたちばな出版『強運』のステッカー。かなりクセがあって、どうしても気になる…。これも戦略なんでしょうか。
定番といえば、新聞広告は外せません。約70年前に朝日新聞が始めた広告欄「三八(さんやつ)」は最もポピュラーな存在。新聞の顔である1面には格調高い広告を、ということで今も本の指定席です。その他、デザインの自由度が高い全5段や半5段というサイズや、日曜日の「読書面」も定番。ちなみに新聞広告の料金は、多くの人に行き渡るメジャーな媒体なだけに、かなり高価です。部数、配布エリア、掲載面やサイズにより料金はマチマチですが、数十万~数百万円。しかも、審査が厳しい。広告としての品位も重要視されています。
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サンマーク出版:額面広告(写真左)/たちばな出版:窓ステッカー(写真右)/新聞広告:下3段を横に8分割した三八(写真下)
書店員の努力。
交通広告や新聞を見て、なんてケースもありますが、やはり書店にフラッと立ち寄って自分好みの1冊を見つけるのが醍醐味。店内には、趣向を凝らした広告が満載です。
気がつけば当たり前の存在になっていた、お馴染みの“手書きPOP”はそのひとつ。火付け役は千葉県にあるBOOKS昭和堂の副店長だった木下和郎さん。自身が感動した『白い犬とワルツを』の素晴らしさをお客さんに伝えたくて、思いを綴った手書きPOPを本のそばに置いたところ、瞬く間に売れていく。それを知った版元の新潮社は、木下さんの手書きPOPを印刷して他の書店にも配布。その結果、販売数が大きく伸びてベストセラーになりました。テレビやマスコミにも取り上げられ、「売れなくて絶版寸前だった本を、ひとりの書店員が手書きPOPでベストセラーにした」というエピソードとして、業界内の伝説になっているそうです。
この件は新潮社がPOPに力を入れるキッカケになり、とことん手書きにこだわってつくったPOPセットの配布を始めます。全国に配るので印刷しなければならないわけですが、8色印刷、13色印刷によって蛍光ペンの色まで再現し、手書きにしか見えない仕上がりを実現。まさに表彰ものの印刷技術です。書店以外では、ヴィレッジヴァンガードや専属のPOP職人がいるドン・キホーテの手書きPOPが有名。思わず目を止めて商品を手に取ってしまうその理由は、言葉選びや手づくり感が宣伝らしくなく、人の熱意が伝わってくるからでしょうか。とはいえ、手書きが当たり前になってしまった現在、効果がどれほどあるのかわかりませんが…。
夏の風物詩。
大々的な宣伝で思いつくのは、書店の「●●フェア」のような企画モノじゃないでしょうか。お客さんを楽しませつつ、購入につながるよういろんな企画を催しています。
2012年に紀伊國屋書店で開催された「ほんのまくらフェア」。表紙カバーには本の書き出し(=まくら)が大きな文字で書かれているだけで、タイトルも著者名もわからない。そんな状態で買うか買わないかを判断させる、無音イントロクイズのようなこの企画。風変わりな選書スタイルが受けて、なんと大盛況となりました。作家が魂を込めて書いた1行目に、ビビビッときたら運命の1冊ですね。
惜しまれながら閉店したジュンク堂書店新宿店。最後に開催された「本音を言えば、この本が売りたかった!!」フェアも話題になりました。書店員が本音をぶつけたこの企画は、後々『書店員が本当に売りたかった本』として書籍化されるほど、多くの人たちの心を動かしました。
紀伊国屋書店ほんのまくらフェア
やはり1番盛り上がるのは、夏の文庫フェアでしょう。いまや夏の風物詩となった「新潮文庫の100冊」「ナツイチ」「カドフェス」。夏休みの読書感想文の時期を狙って、3社がこぞってお勧めの100冊を厳選し、限定カバーやオリジナルグッズプレゼントなどの特典をつけます。中でも絶大な人気を誇ったのが、新潮文庫のキャラクターYonda?くん。2冊買えば必ずもらえるグッズや、本を買ってポイントを集めるYonda?CLUBのグッズは豪華で可愛く、大人気でした。2014年に引退し、2015年からはロボットのQUNTAくんが新キャラクターとして頑張っています。
集英社文庫は2007年、太宰治『人間失格』の表紙画を漫画家・小畑健が描いたところ、約1ヶ月半で75,000部の大ヒット。翌年から、厳選された古典作品の表紙画を人気漫画家が描いています。角川文庫は「発見!夏の角川文庫」から「カドフェス」にリニューアル。2016年は映画『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』とタイアップするなど、独自路線です。
広い面積を使った面出し・平積み陳列に、POP、ポスター、関連グッズなど、書店も出版社も力が入っているので、夏は店内の雰囲気がガラッと変わります。
新潮文庫の100冊のグッズとYonda?CLUBのグッズ(写真左)/新キャラクターQUNTAくん(写真右)
集英社のナツイチと角川文庫のカドフェス
カドフェスの限定カバー
宣伝方法は他にもたくさんありますが、著者の立場から考えてみましょう。自分の本を店頭で目立たせてほしくても、広告予算をかけてパワープッシュされるのは、ある程度部数が見込めるものだけ。しかし、料金を支払えば平積みや面出しなどの目立つ場所へ陳列するサービスを実施している書店もあります。1日200冊以上の新刊が出ている中、自分から売り込みに行き、まず書店員に注目してもらうのがベストセラーへの第1歩。
『夢をかなえるゾウ』の水野敬也さんは、のぼりを持って「サイン会をさせてください」と書店を回ったそうです。百田尚樹「私は本を書くより営業の方が多いかなっていうぐらい営業する」、勝間和代「私の本については、書く努力の5倍、売る努力をするということを決めています」だそうです。実は、自ら大量買いして売れ行きを伸ばすという方法もよくある話。これにより“売れている本”と認識されて追加発注につながったり、ランクインしたりするので目立つようになります。あるグラビアアイドルは、自分が表紙の雑誌を見かけたら必ず一番前に移動させているそうですが、川端康成もまた、近所の本屋さんに通って自分の本を目立つところに移動させていたとか。
出版不況と言われる時代。だからこそ、書店や出版社は工夫して読者が楽しめるような企画を考えているんですね。宣伝といえばそれまでなんですが「良い本と出会うチャンス」をつくってくれているんだ、と考えると頭が下がる思い。さあ、今日も書店にフラッと立ち寄り、運命の1冊と出会いに行きましょう。