レポート40 / 2017.10.20
取りたいな文学賞

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「うーん、うーん。小説を書き始めたが、最初の1行がどうしても出てこない…」
ある日突然思い立ち、作家を目指すことになったPEEさん。いろいろ調べてみたところ、作家デビューへの道は2つあるようです。「自費出版」で作品を直接世に問うか、「公募新人賞への応募」で専門家のお墨つきを得てデビューを勝ち取るか(原稿持ち込みは一作読むのに時間がかかるためメジャーではないとのこと)。
PEEさんが敬愛する夏目漱石の『こころ』をはじめ自費出版からベストセラーになった例はありますが…。執筆に専念するため無職になったPEEさんに選択の余地はありません。片っ端から、公募新人賞へ応募してみることにしました。

新人賞でデビュー

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まずは王道。狙うは五大文芸誌の新人賞です。

1作目:フレッシュな才能が評価される「文藝賞」(河出書房新社)
執筆すること1年。PEEさんは図書館に通い詰め、古今東西、老若男女向け、さまざまな小説を読みました。「こんな作品がウケるのでは」という下心全開で書き上げたのは、「失踪」「援助交際」「リストカット」など過激な要素をふんだんに織り込んだ青春小説です。応募したのは河出書房新社の「文藝賞」。フレッシュな才能を評価し、10代の受賞者も珍しくないというこの賞なら、ちょっぴり荒削りでも評価してくれるのでは…。
初めての応募に、一次選考の結果発表が楽しみで仕方ないPEEさん。掲載号の『文藝』発売と同時に書店に駆け込んでページを開きました。が!結果はまさかの(?)一次選考落選。受賞したのは若々しい女性作家でした。涙をぬぐって作品を読んでみると、テーマは地味目ながら、確かな文章力が感じられました。こうして記念すべきデビュー戦は、地力の必要性をまざまざと見せつけられる結果になりました。

2作目:芥川賞を多く輩出する「文學界新人賞」(文藝春秋社)
PEEさんは一次選考落ちの悪夢を振り払うように、「小説の書き方」のようなハウトゥ本やHPを読みふけります。あらためて気づいたのは、自分の原稿には誤字・脱字が多く、表記もバラバラで、全体的に完成度が低いことでした。過激なワードや変に凝った表現は抑えて、平凡な家族小説を丁寧に書きました。
応募したのは文藝春秋社の「文學界新人賞」です。同じ出版社の賞だけあって、芥川賞受賞者の輩出が多いことでも知られています。 ドキドキしながら、誌面を見ると…そこには「PEE」の名前が!なんと2作目にして、無事一次選考に合格したのです。 しかし喜んだのも束の間、二次選考ではあえなく落選…。芥川賞同様、お笑いタレントの経験者が受賞するなど著者の話題性重視の傾向がある賞だけに、無職のPEEさんには分が悪かったのでしょうか。

3作目:賞金が高額でエンタメ寄りの「すばる文学賞」(集英社)
3作目。PEEさん、まだまだ就職する気はありません。さすがに無職も3年目ともなると生活も苦しくなってきたので、今度は賞金なんと100万円(ほかの文学賞の倍!)の「すばる文学賞」(集英社)にチャレンジしてみることに。エンタメ傾向が強めの本賞はPEEさんの作風と相性が良いとはいえませんが、新境地開拓のいい機会と割り切って研究です。映画や漫画を参考にしながら、ハードボイルドな3作目を執筆しました。
…ところが一次選考で撃沈。人間、付け焼き刃は通用しませんね。

4作目:実力派が評価される「新潮新人賞」(新潮社)
4年目は初心に戻り、硬派な作品が評価されやすい「新潮新人賞」(新潮社)に挑戦です。今度は高校時代から書きたかった自伝的な私小説で勝負しました。着実に文章力をつけ、地味目なテーマでもそれなりに「見せどころ」をつくれるようになってきたPEEさん。一次選考、二次選考と突破し、やっと最終選考にまで残ることに成功! 惜しくも受賞こそ逃しましたが、ついに選考委員からコメントをもらえるところまでこぎつけました。
コメントは「文章が仰々しい」「独りよがり」「会話文が不自然」「主人公の成長が見られない」などなかなか辛辣なもの。レベルが上がると、また違う悩みがあるものですね。それでも著名な作家たちに書評をもらえたことは大きな前進です。PEEさんは批判的な意見も真摯に受け止め、作品づくりに生かそうと心に誓いました。

5作目:W村上を輩出。実績ある「群像新人文学賞」(講談社)
最後の砦は「群像新人文学賞」(講談社)。無職5年目で少し痩せてきたPEEさんにとっては、まさに背水の陣と言える挑戦です。4作目で批評されたところだけを手直しできれば早いですが、新人の文芸賞には「未発表の作品に限る」という鉄のオキテがあります。またアイデアを練り直さなければいけません。
しかし、コレが功を奏しました。PEEさんは「平凡な私の人生を題材にしても仕方がない」と開き直り、普段行かないような場所に出向き、おもしろそうな人と積極的に知り合いました。結果としていろいろな世代と会話も増え、「会話文が不自然」というウィークポイントを解消したのです。
こうしてできあがったのが、近未来を舞台に、揺れ動く友情を描いた意欲作。端々に『こころ』のオマージュを含ませました。作品は高く評価され、とうとうに20●●年度の「群像新人文学賞」を受賞!あのW村上と肩を並べる快挙に、いよいよ作家としての生活がはじまるのです!エヘン。

●POINT
PEEさんはいろんな賞に応募しましたが、同じ賞に何回もチャレンジする人のほうが多いと思います。新人賞は他にもたくさんありますし、まずは自分に合ったものを選ぶのが良いでしょう。「小説すばる新人賞」(集英社)、「小説推理新人賞」(双葉社)、「小説現代長編新人賞」(講談社)、「オール讀物新人賞」(文藝春秋社)。ほかにも「坊ちゃん文学賞」(愛媛県松山市)など、自治体が主催する公募文学賞もあります。

人気作家への道

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見事新人賞を受賞し、気鋭の作家としてデビューしたPEEさん。2作目、3作目とコンスタントに執筆を行い、地道に評価を高めました。次に狙うは、新人賞ではない文学賞。同じ年にデビューしたライバル作家は次々と実績を重ねているため、PEEさんとしても負けていられないところです。
ただし、ここからは作品を自分で応募するわけではありません。厳密には「密かに狙う」ということになります。

もはや新人賞ではない「芥川賞」「直木賞」
純文学志向の作家が目指すのは、超有名な「芥川龍之介賞(通称:芥川賞)」。一般的には新人賞として知られていますが、実はデビュー後の中堅作家が受賞して文壇での地位を固めるパターンも多めです。2014年に受賞した柴崎友香も、作家デビューは1999年と、なんとデビュー15年目の「新人賞」でした。もちろんPEEさんにとっても、欲しい賞の筆頭候補です。受賞すればサイン会は長蛇の列、テレビへの出演や講演会の依頼なんかもひっきりなし。無職時代の黒歴史も、実りある充電期間と言ってもらえるかも?
一方、芥川賞と同時に発表される「直木三十五賞(通称:直木賞)」は、純文学ではなく、エンタメ系の大衆文芸作品が対象です。純文学志向のPEEさんは、やや見込みが薄いかもしれません。もちろん、もらえたら喜んでもらうようですが。芥川賞は雑誌(同人雑誌を含む)に掲載されている作品、直木賞は書籍として出版されている作品が対象です。

日本で一番注目されている「本屋大賞」
作家の人気のバロメーターといえる「本屋大賞」も見逃すわけにはいきません。本の目利きである書店員の投票によって決まる、いま一番注目度が高い文学賞と言っても過言ではないでしょう。受賞作品は軒並みベストセラーとなり、その多くが映画化されています。
数年前、エンタメ系を得意とするライバル作家がこの賞を受賞したのは、PEEさんにとって衝撃でした。囲碁をテーマにした同作は青春小説の金字塔と呼ばれ、映画も大ヒット、しかもPEEさんの大好きな女優がヒロインを務めたというおまけつきです。なんとうらやまし…もとい、ナンパな妄想は捨てて世界レベルの文豪をめざそう。PEEさんはいっそう気を引き締めます。

硬派かつ権威ある「野間文芸賞」「谷崎潤一郎賞」
川端康成、三島由紀夫、遠藤周作、井上靖らが受賞している「野間文芸賞」(講談社)。本格派の文芸賞で、「文豪」への登竜門といった風格です。
PEEさんは密かにこの賞を照準に定め、初めての歴史小説に着手。資料を読み込み(苦しかった)、取材旅行に出かけ(楽しかった)、ホテルで缶詰めになりながら(作家気分で悪くなかった)、数年かけて上中下3巻組の大作を完成させました。ターゲットが絞られるため売上はやや落ちましたが、新聞や文芸誌を通しての専門家の評価は上々でした。手応えは十分、あとは結果に繋がるかどうか。
結果は…「谷崎潤一郎賞」(中央公論社)を受賞!想定とは違いましたが、こちらも小島信夫、安部公房、林京子らが受賞してきた歴史ある文学賞です。評価してくれる人がいてくだされば、それがなにより。

●POINT
中堅作家の文学賞は、他にも「泉鏡花文学賞」(金沢市)、「三島由紀夫賞」(新潮社)、「読売文学賞」(読売新聞社)、「山本周五郎賞」(新潮社)、「司馬遼太郎賞」(司馬遼太郎記念財団)あたりが有名です。これらの賞を受賞したとなれば、十分「有名作家」「流行作家」と胸を張っていいでしょう。

海外人気作家へ

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谷崎潤一郎賞を受賞して以降、PEEさんの本は翻訳され、海外でも出版されるようになりました。韓国からじわじわと人気が広まり、映画化作品もいくつかのアジアの映画界にノミネートされました。一部では「PEEマニア」なる熱狂的信者も出現したほど。ただ残念ながら、欧米を含めた海外の文学賞からのノミネートはまだ。

村上春樹が受賞「エルサレム賞」「フランツ・カフカ賞」
「群像新人文学賞」のセンパイである村上春樹は、すでにイスラエルの「エルサレム賞」、チェコの「フランツ・カフカ賞」を受賞しています。エルサレム賞は2年に1回しか開催されず、「人間の自由、社会、政治、政府」というテーマを扱った作家が対象とあって、さすがに狙うのは難しそうです。
「フランツ・カフカ賞」のほうは2001年に開設された新しい賞ですが、エルフリーデ・イェリネク、ハロルド・ピンターらノーベル文学賞とのW受賞作家も多く、見過ごすことはできません。「自らの出自や国民性、属する文化といったものにとらわれない読み手たちに向けた作品」、がその基準。こちらも純和風の生活を送っているPEEさんにはなかなかピンとこない領域…。いよいよ、国際派の友だちづくりを検討に入れるPEEさんでした。

国際的評価の証「ブッカー賞」「ゴンクール賞」「全米図書賞」
世界的に著名な賞のうち、決まった受賞傾向がないものとしては、イギリスの「ブッカー賞」、フランスの「ゴンクール賞」、アメリカの「全米図書賞」あたりが挙げられます。ここまでくると、もうアレコレ考えても仕方ありません。とにかく全人類が感動するような、マーベラスな小説を書くしかないんです。
PEEさんは徐々に衰える身体にムチを打ち、第二次世界大戦をテーマに作品を書きました。日本、アメリカ、中国の若者たちが歴史に翻弄され、憎み合い、その孫世代がそれぞれ共存の道を模索する、という三世代にわたる大河小説です。しかも、自ら信頼のおける翻訳者を探して英訳してもらいました。構想1年、取材2年、執筆3年。計6年もの時間を費やして仕上げた大著は、全世界で話題となり、ハリウッドで映画化。
そして…ついに!イギリスの「ブッカー賞」を受賞!毎年選考委員が変わるため、バラエティ豊かな作品が選ばれる傾向の賞。日本まごうことなき世界レベルの評価です!エヘン、エヘン、エヘン!

●POINT
世界の文学賞は決して「狙って」とれるものではなく、そもそも自作が海外で翻訳されていなければ取れません。しっかりと自分自身のスタイルを確立し、認知させ、なおかつ独自性のあるテーマを書き続ける必要があります。とはいえ世界レベルでこんな芸当ができる作家はほんの一握り。存命中の日本人作家では、村上春樹ただひとりなのかもしれません。

そして文豪へ

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残す賞はただひとつ。漱石先生も、春樹先生も取っていないあの賞へ。

栄誉あるノーベル文学賞
海外の文学賞を獲得して以来、ノーベル文学賞候補にはたびたびPEEさんの名前が挙がるようになりました。イギリスのブックメ-カーでも良いところにつけますが、さすがに簡単ではなく、数年立て続けに落選。
その間、PEEさんは小説を書くだけではなく、世界各国のメディアで政治的な意見を発信するなど、執筆に留まらない地道な努力を続けました。パリ、ロンドン、ソウル、上海、NY…強引に用事を作って、さまざまな都市で暮らして国際感覚を磨きました。そして十数年後。すっかり貫禄と脂肪を身につけたPEEさんの元に、歓喜のファンファーレが鳴り響きます。日本出身4人目のノーベル文学賞受賞。村上春樹先生、お先に失礼します。

文豪生活
テレビでは連日PEEさんの生涯が取り上げられ、作品は常に品薄状態に。ノーベル賞の賞金9,400万円に加え、名誉ある文化勲章まで「受章」しました。きっと記念館なんかも建ってしまうんでしょう。エラいところまできてしまったものです。
「ノーベル賞の賞金を使って、文学賞を設立するのも悪くないな…」
エヘン、エヘン、エヘン、エヘン…。 あれ、ホッとしたせいか、なんだか力が抜けていく…。

●POINT
2017年には日本出身のカズオ・イシグロが受賞。またもや村上春樹は受賞を逃しました。理由として、政治的な意向が強く反映される賞であること、年齢的にまだ若いことなど、さまざまな考察がなされています。2015年はスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチが「ノンフィクション」で受賞、2016年はボブ・ディランが「詩」で受賞しており、その範囲は小説に留まりません。

「ハッ!」
…気がつくとPEEさんは机の上に突っ伏して眠っていたようです。
「なんだ、夢か…」
よだれの垂れた原稿を見ると、なんとまだ1行も書けていません。そう、PEEさんは公募新人賞応募のため、原稿を書き始めたところで眠りこけてしまったのです。
「うーん、うーん。小説を書き始めたが、最初の1行がどうしても出てこない…。賞を取れそうなイメージだけはあるのに…」(冒頭へ戻る)