レポート53/2018.06.05
作家の異名大全集
有名人にはニックネームがつきもの。野球選手なら、「ミスター(長嶋茂雄)」「ゴジラ(松井秀喜)」「ハンカチ王子(斎藤佑樹)」あたりが有名ですね。残した記録の素晴らしさ、見た目のイメージ、ちょっとしたクセ。由来は実にさまざまです。そして文学界にも負けず劣らず、インパクトのある異名をもつ作家たちがいます。タイプ別に分けてみたので、ぜひお気に入りを見つけてみてください。
とにかく絶賛。
●やたらと高貴な漫画家たち
赤塚不二夫 「ギャグ漫画の王様」
石ノ森章太郎 「漫画の帝王」
手塚治虫 「漫画の神様」
王や神はどの業界でもメジャーな異名。出版業界ではトキワ荘出身の漫画家3人が、それぞれ「漫画」と冠のついた異名を授かっています。まさか豊島区南長崎の木造アパートから、こんな高貴な方々が輩出されるなんて…大家さんもビックリでしょう。類型では、ダンテ・アリギエーリ「詩聖」、松尾芭蕉「俳聖」もなかなかイケてます。
他には…
志賀直哉 「小説の神様」/星新一 「ショートショートの神様」/長新太 「ナンセンスの神様」/スティーブン・キング 「キング・オブ・ホラー」/ジョー・ディクスン・カー 「密室の王者」/中山七里 「どんでん返しの帝王」/井上三太 「KING OF STREET COMIC」
●ミステリー界は女王制
アガサ・クリスティ 「ミステリーの女王」
湊かなえ 「イヤミスの女王」
山村美紗 「トリックの女王」
不思議なことに、女王はミステリー界に集合していました。粋を尽くした精巧なトリックに一度やられてしまうと、「女王様!」とひれ伏したい気持ちも分からなくもないですね。紛らわしいですが、アメリカを代表する推理作家・エラリー・クイーンは男性なので注意です。
ミステリーと女王の縁は深く、その範囲は本の業界に留まりません。松尾嘉代「サスペンスの女王」、片平なぎさ「2時間ドラマの女王」など、映画・ドラマでも何かと名づけられがち。
●たった2人に許された栄誉
江戸川乱歩 「大乱歩」
谷崎潤一郎 「大谷崎」
頭に「大」をつけて呼ばれる作家が、たった2人だけいます。呼び方は「だいらんぽ」と「おおたにざき」。奇しくも、ふたりが亡くなったのは同じ年で、それぞれの作品は、2015年に揃ってパブリックドメインとなりました。命名の基準は不明。ただ谷崎潤一郎は弟も作家ということで、区別する意味もあったようですね。
直木三十五「大直木」や横溝正史「大横溝」も何度か呼ばれたことがあるものの、市民権を得るには至らず。次に「大」をもらえるのはいったい誰なんでしょうか。漫画家なら江口寿史「ビッグE」がいるんですが…。
たとえて褒める。
●過去の作家にたとえる
小川未明 「日本のアンデルセン」
三島由紀夫 「日本のヘミングウェイ」 ※開高健も同じ異名
山崎豊子 「女清張」
「●●の再来だ!」という期待を込めて、作風の近い過去の偉人にたとえられることも。小川未明は「日本児童文学の父」や、「児童文学界の三種の神器」(他2人は浜田広介と坪田譲治)など複数の異名持ち。三島由紀夫は自身の個性が強すぎるせいか、のちのち開高健にヘミングウェイの座を奪われてしまいました。
山崎豊子さんを筆頭に「女~」と性別を超えるパターンもあります。逆に、男性を女性に例えることはまずありません。「男一葉」「男クリスティ」「男ばなな」…うーん、なぜこんなに違和感があるのか不思議です。海外作家では、ポーランドの作家・ステファン・グラビンスキの「ポーランドのポー」がイチオシ。ポーとはもちろんエドガー・アラン・ポーのことですが、「ドーナツのドー」みたいでなんだかかわいい。
他には…
泡坂妻夫 「日本のチェスタトン」/開高健 「日本のヘミングウェイ」/熊田千佳慕 「日本のプチ・ファーブル」/バーン・ホガース 「20世紀のミケランジェロ」/花房観音 「官能界の山村美紗」/原田康子 「日本のサガン」/真壁聖一 「日本のディクスン・カー」/水野英子 「女手塚」
●お父さん、お母さん
シャルル・ボードレール 「近代詩の父」
萩原朔太郎 「日本近代詩の父」
ウォルター・ホイットマン 「自由詩の父」
「~の父」「~の母」は分野の第一人者にぴったり。今回調べたところ、詩の世界にお父さんが多いことが分かりました。お母さんは意外と見つからず、唯一探し当てたのは「お母さん詩人」こと高田敏子さん。もっとも、由来は「主婦だから」ということらしいですが…。詩歌界隈では、相田みつを「いのちの詩人」が近年まれに見る素晴らしいネーミングだと思います。
小説界ではアーネスト・ヘミングウェイ「パパ」が超シンプルでイカしています。海外の戦場にも取材に出る姿勢、大酒飲み(「作家と酒」参照)というおおらかなライフスタイルはまさにアメリカン・ヒーロー。愛飲したオリジナルカクテルにも「パパ・ダイキリ」の異名がついています。
他には…
ハーバート・ジョージ・ウェルズ 「SFの父」など、海外作家に多数。
特徴をフューチャーする。
●文学界のスピード狂(早い!)
佐伯泰英 「月刊佐伯」
花登筺 「新幹線作家」
ロバート・シルヴァーバーグ 「小説工場」
作風から異名がつくこともしばしば。まずはスピード自慢の作家たちをご紹介しましょう。「月刊」と謳われる佐伯泰英の執筆ペースは、20日で文庫1冊分。むしろ異名を超えてしまっていますね。生涯6,000本の脚本を書いた花登筺は「新幹線作家」。書く速さに加え、忙しすぎて新幹線の中でも執筆したのが由来です。
ロバート・シルヴァーバーグは10年で450冊という驚異的な執筆量から、『小説工場』と、少し皮肉を込めて呼ばれました。そう言われれば、名前もなんとなく工場っぽいような…。後年、病気してからは自然と執筆ペースが落ち、内容に対する評価も急上昇しました。それに伴い、異名も「ニュー・シルバーヴァーグ」に改修工事。
他には…
吉岡平 「月刊吉岡」
●クセ物揃いの術使い(うまい!)
恩田陸 「ノスタルジアの魔術師」
川端康成 「奇術師」
寺山修司 「言葉の錬金術師」
術、とつく作家も多数。術中にかける、というイメージからさぞミステリー作家が多いのかと思いきや、そうでもありませんでした。しかけ絵本を世に知らしめたロバート・サブダは「紙の魔術師」。物理的に読者を魅了します(書店調査「メッゲンドルファー」参照)。術使いの中でも魔術師はさまざまな業界から引っ張りだこの異名で、映像、ドリブル、氷上、斜面、雨、竿、マット際…どこにでも登場します。前回のレポート「絵本オリンピック in Japan」に登場したエリック・カールも、「色の魔術師」でしたよね。
他には…
ブライアン・ワイルドスミス 「色彩の魔術師」/イタロ・カルヴィーノ 「文学の魔術師」/ウラジミール・ナボコフ 「言葉の魔術師」
●怖いもの知らずのファイターたち(強い!)
大岡昇平 「ケンカ大岡」
川内康範 「ケンカ康範」
竹中労 「ケンカ竹中」
強気な文章を書く人には「ケンカ」が付き物。森進一とおふくろさん騒動を巻き起こした川内康範は「ケンカ康範」、ハマコーにケンカを打った竹中労が「ケンカ竹中」。世間を騒がせたふたりは、ともに沖縄で戦没者の遺骨収集活動をしていた、という意外な共通点があります。大岡といえばケンカ両成敗と相場は決まっていますが、実はケンカ大岡もいます。
もはや悪口。
R・A・ラファティ 「SF界のほら吹きおじさん」
エドワード・ゴーリー 「世界一残酷な絵本作家」
志水辰夫 「稀代のへそ曲がり」
褒めていないどころか悪口に見える異名もあります。R・A・ラファティは「ストーリーはシンプル、登場人物が何から何まで変」というトリッキーな作風。その笑いのセンスはなかなか表現が難しく、異名までこんな感じになってしまいました。エドワード・ゴーリーもえらい言われようですが、作品を見れば誰もが納得ですよね。人間の深層に迫るようなタッチは、「世界一残酷」が褒め言葉に思えるほど。大人でもフツーに怖いです。
●番外編
村田紗耶香 「クレイジー紗耶香」
作風とは関係ないところで、著者自身のパーソナリティから異名をつけられたのが『コンビニ人間』で芥川賞を取った村田紗耶香。変わり者ぞろいの作家仲閒から「クレイジー」と呼ばれるくらいですから、そのヤバさが分かるというもの。おっとりした風貌で、「殺人シーンを書くのが喜び」とさらりと言ってのけるギャップがたまりません。
ユニットも多数。
「ダブル村上」 村上春樹、村上龍
「漫画三羽がらす」 手塚治虫、福井英一、馬場のぼる
「4T」 中村汀女、星野立子、橋本多佳子、三橋鷹女
「戦後派五人男」 香山滋、島田一男、高木彬光、山田風太郎、大坪砂男 ※江戸川乱歩が命名
複数の作家をくくって、ユニット名のように呼ぶケースもあります。上に挙げた例のうち、研究員のお気に入りはなんといっても「4T」。2017年には韓国のアイドルグループによる“Tポーズ”が流行しましたが、まさか明治生まれの女流俳人4人がこんな呼ばれ方をしていたなんて。「次に何の本を読もう?」と迷ったら、好きな作家が所属しているユニットのメンバーをあたってみるのもいいかもしれませんね。
ご覧いただいたとおり、作家の由来はさまざまで、実に発想豊かです。きっと、説明がないとさっぱり由来が分からないものもあったのでは?残念ながら最近では純文学の異名離れが進んでいて、もっぱらラノベ界に集中しているとのウワサ。そのあたり、またあらためて調査してみたいと思います。