レポート11 / 2016.07.29
本のグルメ 関西編

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関東煮に鉄火巻、鯛の皮の酢味噌、どじょう汁......。小説『夫婦善哉』(織田作之助著)を読んでいたら、美味しそうなものがオンパレードでお腹が空いてきた。調べてみると実在の店舗がモデルで、76年前の小説にも関わらず、今でも4店が営業している。そのうち3店は今話題のホットな飲み屋街、裏なんばの近くだ。これは何名かでしっかり調査しなければ。要するに、研究所のお金を使ってみんなで美味いものを食べに行こう、という魂胆だ。

昼食「自由軒の名物カレー」

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まずランチからということで、意気込んでなんばに到着。アーケード街のなかにある「自由軒」に到着すると、すでに行列。外国人観光客の姿も多く、人気ぶりが伺える。店先までくると個性的なおかみの等身大パネルが出迎えてくれた。観光客と常連客でごった返す店内に入ると、いかにも「大阪のおばちゃん」といったコテコテのお姉さま方がテキパキ注文をさばいている。もちろん、パネルになっていたおかみの姿もあった。学食のような白く長いテーブルに相席が基本。相席になった外国人観光客はガイドブックを片手に「ミニ名物カレー付焼肉」を注文している様子。あれこれ頼みたい気持ちをこらえて、『夫婦善哉』に登場する名物カレーを注文後、落ち着いて店内を見渡してみる。下町の大衆食堂という趣で、お洒落ではないがレトロな良い雰囲気だ。壁には織田作之助の写真が飾ってある。「トラは死んで皮をのこす 織田作死んでカレーライスのこす」......正直、意味がまったくわからない。

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    織田作之助と謎の言葉

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    名物カレー750円。先に卵をかき混ぜるのは間違い。

きょろきょろしているうちに名物カレーが到着。『夫婦善哉』に書いてある通り、ご飯とカレーが「あんじょうまむしてある」。上品に言えば、カレーリゾットといったところか。お腹が空き過ぎた私は、ここでミスを犯してしまう。店内に貼られている「大阪名物・織田作好みの名物カレーのお召し上がり方」に気づかず、先にカレーと卵を混ぜてしまった(まず、4代目ウスターソースをかけてから卵をかき混ぜるのが正解)。ソースありバージョンとなしバージョンを楽しめて2度美味しかったから良いか……、と自分を慰める。ソースを足すと「たこ焼き」や「お好み焼き」のような大阪らしい味に変わる。見た目よりスパイシー。生卵を混ぜるのでまろやかで食べやすいが、こってり感もあってボリューム満点。昔の人にはさぞかしごちそうだっただろう。完食してお店を後にする。

おやつ「夫婦善哉のぜんざい」

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お腹も一杯になり、腹ごなしにブラブラ散策しながら飲み屋や割烹の連なる路地、法善寺横丁へ向かう。しっとりしたええ感じの横丁の中に、突然、お寺が現れる。ここ法善寺にある水掛不動尊は、参拝者から常に水を掛けられているため、苔でびっしりと覆われている。お目当ての「夫婦善哉」は、そんな水掛不動尊のすぐ脇にある。小説の通り、赤い大提灯がぶら下がっているのが目立つ。夫婦善哉は「温」と「冷」の2種類があり、どちらも800円。
研究員A「どっちも食べたいな。1つずつ頼んで分けよう」
研究員B「かき氷のぜんざいもあるぞ。でも、さすがに食べきれないか……残念」
1人前を2つの椀に分けて入れているのが夫婦善哉の特徴。小説には「一杯山盛にするより、ちょっとずつ二杯にする方が沢山はいってるように見える」とあるが、まさにその通りで大阪商人魂を感じる。お椀2杯のぜんざいと箸休めの塩昆布が出てきた。専用のお盆らしく、椀を置く2つの窪みがついていて愛らしい。白玉だんごが一粒入っており、モチモチで美味しい。上品な甘さで、満腹のはずがすんなり完食。ちなみに店内は小説に書かれているような「碁盤の目の敷畳」ではなく、改装されて真新しいテーブル席。『夫婦善哉』の初版本や、法善寺にまつわる古いレコードなどが壁に飾られていて、昔の法善寺界隈を偲ぶことができる。

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    苔に覆われた水掛不動尊

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    『夫婦善哉』の初版本

昼飲み「たこ梅のおでん」

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まだ明るいが、そろそろお酒のある店も調査したい。大きなのれんを潜ると、昭和にタイムスリップしたような雰囲気。この「たこ梅」は、『夫婦善哉』の主人公が関東煮の店を開く上で参考にした店。170年以上続く、日本一古いおでん屋さんらしい。オープン直後にも関わらず、予約で席が埋まっている。コの字型のカウンター席に通してもらい、とりあえずビール4つを頼む。注文すると、店員さんが木札を小皿に入れた。値段によって赤や緑に色分けされた木札で会計するシステムだ。
研究員B「これ、可愛いですね。ずっと使ってるんですか?」
店員「創業当初から使ってるんですわ。気に入ったんやったら、どんどん入れましょか?(笑)」
さすが大阪、突っ込みがエッジーだ。カウンターの真ん中に大きな鍋がはめ込まれ、グツグツ煮えたおでんが見えるので食欲が刺激される。まずは小説に登場する「たこの甘露煮」を注文。柔らかくて濃厚な味。おでんと違う出汁で甘辛く煮てあり、お酒のアテにぴったりだ。織田作之助が食べていた頃から守られている、伝統の味だそうだ。続いて、1串900円もする名物の「さえずり®」は鯨の舌。取材でなければなかなか注文できない値段だ。独特の食感で、ふわふわトロトロ。癖はなく、病みつきになりそうな味わい。良い機会なので、鯨メニューを色々試してみる。「鯨すじねぎふくろ」は、油揚げの中にねぎと鯨すじがぎっしり。出汁がたっぷり絡んでジューシー。「鯨すじ」はもっちりとして柔らかく、口の中でとろける。満腹でも、自分の財布が傷まなければどんどん食べられるから不思議だ。

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  • たこの甘露煮600円(写真上段左)/創業当初から使われている木札(写真上段右)/さえずり®900円(写真下段左)/鯨すじねぎふくろ400円(写真下段右)

元々、この店は上燗屋さん。頼まない訳にはいかないだろう。大が1,200円、小が600円。迷わず大を注文すると、錫のタンポに入ったお酒が出てくる。コップも錫のもの。燗の温度を選べるあたりも、上燗屋としてのこだわりを感じる。店員さんが、お店の歴史や関東煮の由来を教えてくれた。おでんは突き詰めるとみそ田楽のことで、関東煮は関東大震災や大阪に空襲があった時の炊き出しが起源。つまり、東西の食文化が混ざって誕生したと考えられているとのこと。やはり大阪の食文化は奥深い。お店の奥には本棚があり、織田作之助の本も。池波正太郎、開高健、田辺聖子ら、多くの文人に愛された名店だけあって、有名人のサインが壁にずらりと貼られている。ほろ酔いで店を出ると、夕暮れの空に道頓堀の派手なネオン看板がまぶしい。素朴な木造建築のたこ梅のほうが、むしろ目立っていた。

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    錫のタンポに入ったお酒

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    ノスタルジックな外観

夕食「丸萬本家の魚すき」

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道頓堀から移動して堺筋本町へ。テーマパークのようなギラギラした世界から一転、証券会社や銀行などが並ぶオフィス街にやって来た。目当ては、すき焼きの「丸萬本家」。もともとは道頓堀にあったが移転。『夫婦善哉』では、主人公の蝶子が昔の芸者仲間と「その日の稼ぎをフイ」にするくらいのお金を出して食べたとあり、もちろん牛肉だと思っていたら、なんと魚だった。魚(うお)すきと呼ぶらしいが、珍しさに期待も高まる。ビルの1階に古めかしい看板と黒い格子の窓。中に入ると、織田作之助に関する記事や往年の店の様子が壁面に紹介されている。瓦版で紹介された記事もあり、さすが創業152年の歴史を感じる。畳にテーブルという趣のある広間に通してもらうと、さっそく鍋が登場。意外にも小さいので不安がよぎる。お腹はすでに満たされてはいるが、期待しているだけに、このサイズでは物足りないんじゃないか……。
研究員A「鍋、小さいんですね」
店員「空襲で店が焼けた時、消防士にお酒とか渡して救い出してもらった鍋なんですよ」
そういわれると、黒光りする鍋に歴史が染みこんでいる気がする。織田作之助も使ったかもしれないと思うとテンションがあがる。少し高級な店だけに、店員さんがずっと隣について世話をしてくれる。とはいえ、注文したのは一番安い「なにわコース3,000円」で気が引ける。店の由来などを聞きながらも、うっかり鍋が煮詰まったりすることもなく、さすがに良い塩梅だ。

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    秘伝の出汁に付け込まれた魚

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    〆の鯛めし

皿には、ひょうたんの絵。能登から大阪へ出てきた初代主人が、瓢箪山稲荷神社の辻占を頼りにお店を開いたことで、ひょうたんがお店のトレードマークになったそうだ。
店員「NHKのドラマ『夫婦善哉』の撮影では、小道具として提供したんですよ」
ということは、この皿を尾野真千子さんが使ったかもしれない。またもテンションがあがる。満を持して鍋の具材が登場。具を載せるための大きなしゃもじまで、ひょうたん型でかわいい。魚はあらかじめ秘伝の出汁に付け込まれている。その出汁を鍋に入れ、火をかける。魚は基本、鰆、鯛、イカ、アナゴ、エビの5種。今回はイカの代わりにカンパチが入っていた。すき焼きというだけあって、新鮮な卵をつけていただく。鯛とエビのプリプリした触感、秘伝の出汁がしみ込んだ糸こんにゃくや豆腐...。うーん、どれも濃厚で美味しく、ビールとの相性もバッチリ。〆は名物の鯛めし。白ごはんの上に、秘伝のタレで煮込んだ鯛がのる。これも絶品で、付け合せの昆布まで美味しい。足りないどころか、はち切れそうなお腹を抱えて完食。会計をすませると、お店の皆様が見送ってくれた。おもてなしに感動しながら、取材という名の過食ツアーのエンディングを迎えた。

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どのお店も『夫婦善哉』に登場したことがしっかりPRされていた。76年前のお店が今でも存在する理由として、料理が美味しいのはもちろん、商売上手ということもあるのだろう。すきやきが魚だったことなど、小説を読んでいただけだと分からなかった発見があった。本にまつわる美味しいものは、もっとたくさんあるはずだ。次は東京のグルメも調査しなければ......。もちろん、取材ですよ。