レポート12 / 2016.08.10
書店調査「呂古書房」

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神保町は本の街と言われるだけあって、個性的な書店がたくさんあります。その中でも異彩を放つのが、すずらん通りのちょうど角にある「呂古書房」。ここは、日本で唯一の「豆本」専門店なんです。エレベーターから降りた瞬間、まるで別世界。乙女ゴコロをとらえて離さない豆本の魅力を店主の西尾浩子さんに伺いました。

日本唯一の豆本専門店。

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限定本を扱う神保町の古書店に勤めていたころ豆本と出会い、その儚くも美しい姿に惹かれたという西尾さん。豆本の他、版画挿画本や児童書、蔵書票、こけしなど、その審美眼によって集められた愛らしいモノたちで、店内は彩られています。

研究員
なぜ「豆本専門店」を始めたんでしょうか?
西尾さん
単に「読む」だけなら、文庫本で読めてしまいます。文庫本の半分以下のサイズが豆本の定義となるのですが、あえてそのサイズで読む。モノとしての存在感も楽しめ、豆本でなくては読めない作品もある。簡単な中綴じのものもあれば、紙面に版画が入った何十万もするものもあります。豆本と出会った当時の私は、こんな小さな本が何十万もするなんて考えられなかったんですが、そんな風に「芸術作品」として存在していることが魅力的で、心惹かれました。自分が独立するときは、そういうものを扱ってみたいと思ったんです。あとは、見ての通り小さなお店ですから、たくさん置ける豆本を…と、考えたのもあります。大きな本は重たいですしね(笑)。
研究員
単に小さくて愛らしいだけでなく、装丁や内容もしっかりしているのにビックリします。
西尾さん
日本の豆本は、女性や子どもたちの娯楽用の玩具として江戸のころからあったんですよ。お雛様のお道具はご存知ですか?昔は段飾りが主流でしたよね。そのお道具の中にあった小さな「雛本」から始まったようです。
研究員
江戸時代から女性の心をつかんでいたのですね。今も女性のお客様の方が多いのでしょうか?
西尾さん
来客の方は、女性が少しだけ多い印象ですね。女性が6に男性が4くらいでしょうか?でもインターネットや古書目録からご注文をいただくのは男性のほうが多いかもしれません。

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読んで、見て、楽しい芸術品。

研究員
こだわったものばかりに見えますが、品揃えの基準はありますか?
西尾さん
品揃えの前に、豆本はどのくらい種類があるか?というお話になるんですが、まずは「ゑぞ・豆本」というものがあります。これは豆本人気のきっかけになった本です。昭和28年ぐらいからつくられ始めて、青森から九州まで全国各地に豆本が広がりました。それぞれご当地の学識のある方々が作者になられていて、その土地でなければ読めない本なんです。次に、版画などが入った「豪華な豆本」。そして「単行本を小さくした作家の豆本」。ただ小さくするのではなく、作品の内容に合わせて豆本用に装丁をつくったものです。その他、「小ささを競う豆本」もありますね。そういった豆本を集めています。
研究員
読むため、装丁を楽しむため、技術を競うため…。たくさんの種類があるんですね。
西尾さん
お客様がどういった本をお探ししているかわかりませんので、基本的にはすべて手に入れる努力をしています。本の価値を判断し、発見するのは私たちではなくお客様ですから。豆本なら呂古書房に行けばすべてあると、言っていただけたらいいなと思っています。
研究員
何か特殊なルートで仕入れるんでしょうか?
西尾さん
豆本も古書ですので、業者のみが参加できる古書会館でのオークションで仕入れをすることがほとんどですね。
研究員
収集家の方からも直接買い取りのお申し出があるんですか?
西尾さん
そうですね。ただ、やはり商売ですから遠方で手数料などの方が多くかかってしまう場合は、お断りすることもあります。それでも来てほしいという方がいらっしゃれば、遠方でもお伺いすることもあります。以前、買い取りをさせていただいた北海道の方は、お金の問題ではなく、きちっとしたところに渡しておきたいと仰っていました。自分の愛情のある本がどうなっていくのか?先が見えないのはイヤだし悲しいから。そういったお気持ちで呼んでいただけるのは、ありがたいですね。

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マイクロブック「四季の草花」(凸版印刷)ギネス認定・世界最小0.75ミリ。文字どころか豆本がまったく見えない。

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    「ジョゼと虎と魚たち」田辺聖子 虎が逃げないように檻に入れられている(写真左)/まるでチーズのようなコンノ書房の三角豆本(写真右)

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非売品「マッチ売りの少女」久里洋二

研究員
豆本は限定本でもあるわけですが、1回にどのくらいつくられるものなんでしょう?
西尾さん
大体200~300部くらいでしょうか。特装の場合は40~50部といったところですね。大阪万博のドイツパビリオンで販売していた4種類の豆本が、グーデンベルク博物館を改修するための資金調達として、250~300部つくられました。こちらが最近の豆本人気のきっかけですね。当時はなかなか買えずに大変だったと聞いています。
研究員
すごく少ないんですね。
西尾さん
会員の人数分しかつくらないからだと思います。流通も一般の書店のルートには流しません。版元から会員のお客様に、直接販売する流れです。すべての本に限定番号がついていますから、毎回、同じ番号で購入される方もいらっしゃるんですよ。ちなみに、4番や9番は嫌われがちのようです(笑)。
研究員
どれもすごく凝ってて、見ていてワクワクします。
西尾さん
こだわりが素晴らしいですよね、まさに芸術です。見ていて飽きないし、楽しいですよ。作家・宮尾登美子さんの着物を表紙にしたもの、三角形の豆本。今は駄目になりましたが、象牙の表紙もあります。昔は50以上の版元さんがつくられていました。未来工房さん、コンノ書房さん、創作豆本工房さん…。でもみなさん後継者が続かず一代でやめられてしまったので、現存のものしかないんですよね。同様に、豆本をつくってくれる製本屋さんもなくなってしまったので…。コストが高く、昔のようにつくれなくなってしまったようです。いまは個人の方がわずかにつくられているくらいですね。

本にも人にも誠実に接したい。

1993年にオープンして以来、静かにファンを増やし続け、年に3~4回発行している目録から注文する固定客も多いそう。開店直後からひっきりなしに人がやってきて、お気入りの本を買って行く。何度も足を運んで宝探しをしたくなる、呂古書房はそんな店。

研究員
こだわっていることや、大切にしていることって何でしょうか?
西尾さん
本にもお客様にも、誠実に接するということを心がけていますね。先程、中学生くらいの子が大人でも躊躇するような金額の豆本を購入してくれました。驚きましたが、嬉しかったですね。あんな子どもたちが、これから本を好きになってくれるようにしていきたいです。
研究員
これからやってみたいことはありますか?
西尾さん
もっと広くて新しい場所で、ご当地の豆本をひとつひとつ広げて並べられるような店舗になるのが夢です。なかなか難しいのが現状ですけれど(笑)。でも、豆本だからこそ今もこんなにたくさん並べられるんですよね。この本棚も実は特注なんですよ。たくさん並べられるように。
研究員
小さなところにまで愛情が行き届いた、楽しい空間ですね。
西尾さん
本当ですか?嬉しいです。小さいものを可愛くきれいに飾ったりするのがやっぱり好きなんですね。自分たちが楽しんでいれば、お客様にも楽しいかなって思います。まあ、商売ですからそうも言ってられませんけど(笑)。

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物語そのものの魅力だけでなく、活字や挿絵による世界観、素材や質感など装丁への強いこだわり。豆本は、作者たちの本への愛情と情熱を感じさせてくれる芸術品でした。手のひらにすっぽりと収まる小さきモノ。「読む」ことだけに限定されない楽しみを呂古書房で味わってみてください。

呂古書房
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-1 倉田ビル4F
TEL 03-3292-6500/営業時間 10:30-18:30/定休日 日曜・祝祭日
http://locoshobou.jimbou.net/