レポート17 / 2016.11.1
未来を予言した本

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予言と聞いて、まず思い浮かぶ人物といえばノストラダムスでしょう。確かに様々な予言を残しましたが、私たちにとっては、もはや本当にいたのかすら分からない存在。当たっても外れても、いまいち現実味がありません。ところが小説の世界では、物語に書かれた内容が現実に起こってしまった、いわば未来を予言したものが存在するのです。作家は優れた想像力で架空の世界を創り出しますが、時としてその想像力と現実が入り乱れると…奇跡を呼び起こしてしまうのか?それとも偶然の一致なのでしょうか?

実際に起きた事件

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●豪華客船の沈没

モーガン・ロバートソン作の『フューティリティ』は、あのタイタニック号沈没の14年前、すでに事故を予言していたとして有名な作品だ。まずは類似点をご覧いただこう。

類似点 実際の事故 小説
●船名 タイタニック号 タイタン号
●船籍 イギリス イギリス
●大きさ 882.5フィート 800フィート
●乗客定員 3,000人 3,000人
●マストの数 2本 2本
●スクリューの数 3つ 3つ
●救命艇の数 20艇 24艇
●事故が起きた月 4月 4月
●事故が起きた時間 23時40分 真夜中近く
●事故が起きた場所 北大西洋 北大西洋
●事故の原因 氷山に衝突 氷山に衝突
●衝突した部分 右舷 右舷
●衝突時のスピード 24ノット 25ノット

あなたはこの結果をどう思うだろうか?
実は、この驚異の一致にはやや疑わしい点がある。というのも、事件後に『フューティリティ~タイタン号の遭難』とタイトルを変えて再発表されたうえ、内容も事件をなぞって加筆修正したのではないか?という説があるのだ。その一方で、初版本と再版本を読み比べた人によれば、上記の類似点については、すでに初版本に書かれていたという話もある。タイタニックについて調べている学者は、著者のモーガン・ロバートソンは経験豊富な船乗りであったため、巨大な客船が氷山に衝突する可能性を予見していたのだろう、と推測している。その知識をもとに、ここまで詳細を言い当てたのが真相ならば、これほどの「予言の書」はないだろう。

●食人事件

続いて、エドガー・アラン・ポーによる『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』。
広大な海の真ん中で遭難し、飢えと渇きの極限状態から食人におよぶ物語だが、こんなおぞましい話が現実になってしまった。小説が書かれて実に50年後の1884年、イギリスで起きたミニョネット号事件がそれだ。遭難した人数が「4人」、殺す人間を選んだ方法は「くじ引き」、殺害方法として「ナイフで刺す」という点が一致しているだけでなく、なんと被害者の名前はどちらも「リチャード・パーカー」。比較的ありふれた名前とはいえ、これだけ特異な状況での一致はあまりにもできすぎだ。
※ちなみに、現実の事件で殺害されたリチャード・パーカーの曾孫であるナイジェル・パーカーは、ロンドンで開催された「"偶然の一致"体験談コンテスト」に応募して1位に選ばれたそうだ。
参考1

●12人殺害事件

2022年にフランスでイスラム政権が誕生するという、ミシェル・ウエルベック作『服従』。物語中では、イスラム過激派に12人の編集者や風刺画家が射殺されるのだが、2015年に起きたシャルリー・エブド事件を予見していると言われている。フランス国内外の政治を扱い、風刺画を多用する週刊新聞『シャルリー・エブド』の編集者が襲撃された事件で、犠牲者は同じく編集者や風刺画家など合計12名。発生した年は違うが、注目すべきは本の発売日で、実際の事件が発生した日と同じく2015年1月7日。事件当時、奇しくも『シャルリー・エブド』には「ノストラダムス風に描かれたミシェル・ウエルベックの肖像」の風刺画が掲載されていた。
参考2

政治や国際問題を取り扱った小説としては、トム・クランシーの『日米開戦』が9.11のテロ事件、『デッド・オア・アライブ』がオサマ・ビンラディン逮捕を予言したとして有名である。

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『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』エドガー・アラン・ポー(写真左)/『服従』ミシェル・ウエルベック(写真中)/『シャルリー・エブド』のミシェル・ウエルベックの風刺画(写真右)

事件・事故を予言したとされるこれらの作品は、当時どれも話題になりました。ミニョネット号事件の裁判では、小説になぞらえて殺人を犯したかどうかが論点になったほど。
『服従』の日本発売はフランスより8ヵ月遅れでしたが、歴史的な事件の予言を目の当たりにして注目され、当時のベストセラーと並んで大々的に売り出されました。
ところで、物語が現実になったのは小説だけではありません。手塚治虫の『鉄腕アトム』が9.11アメリカ同時多発テロを細部まで神がかり的に予言。手塚マンガには事件や事故だけでなく、未来の道具が登場する作品も多く、『火の鳥』にはテレビ電話や自動改札、電子書籍など、現在当たり前のように私たちの生活にあふれているアイテムが登場します。そういった意味では、近未来を舞台にしたSFというジャンルは、予言に近いと言えるかもしれません。フランスの小説家で“SFの父”とも呼ばれるジュール・ヴェルヌは「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」という言葉を残しました。ヴェルヌの言葉どおり想像から技術が生まれたもの、つまりフィクションの世界から実現したものがたくさんあるのです。では、そんなワクワクする予言をご紹介しましょう。

現実になったSF小説

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●宇宙ロケット

ジュール・ヴェルヌは宇宙旅行の実現を予知していたと言われている。『月世界旅行』では、超巨大な砲弾型宇宙船を打ち上げて人を月へ送るという、1865年の発表としてはかなり挑戦的な内容だが、地球から月まで行く方法を数式で示している。ライト兄弟が有人飛行すら成功させていない時代に宇宙船では無重力になることを描くなど、その想像力は後の宇宙開発に多大な影響を与えた。『海底二万里』では、当時まだ存在していない潜水艦を登場させ、海底を探検しながら海の生物や海流の様子をリアルに描いている。

また、代表作『八十日間世界一周』発売から17年後の1899年。空想の旅を女性記者2人が実現した。交通が発達した現代では7日間で世界一周が可能になったが、19世紀末は80日間でも命がけの大冒険。女性2人の達成は、さすがの作者も想像しなかっただろう。

●クレジットカード

1888年に出版されたエドワード・ベラミーの『かえりみれば』に登場するのは、今では当たり前のクレジットカード。作中に登場するのは磁気で情報を読み取るプラスチックカードではなく、クラシカルなボール紙製。今から100年以上も前に、お金ではなくカードで買い物をするという概念が描かれているうえ、なんとネーミングもそのまま「クレジットカード」であるから驚きである。現在のカードができた際、参考にされたのかは定かではない。

●インターネット

星新一は『声の網』で個人の秘密の権利(プライバシー)についてふれている。インターネットの普及、情報化社会の到来、個人情報問題。まさに現代社会を予言した内容だった。まだ電話もダイヤル式だった1970年に書かれた架空の世界にも関わらず、いま読んでもまったく違和感がない。価値観を先取りしたその完成度は、さすが日本が誇るSF作家だ。

●薄型テレビ・小型電話

1953年のレイ・ブラッドベリ作『華氏451』は、本の所持や読書を禁じた社会が舞台。作者はParlor wallsという超薄型テレビや、Seashellという電話にもなる小型イヤホン型通信機を物語に登場させた。技術が発達すれば、モノはどんどん薄く、小さくなるというツボを的確に押さえた発想だ。本が見つかれば焼却処分され、言葉が政府に取り上げられるディストピア。1940年代のナチス占領下にあったフランス社会を反映していると見られるが、情報規制や便利な装置など、私たちの住む現代と世界観はかなり近いと言えるだろう。

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『かえりみれば』エドワード・ベラミー(写真左)/『声の網』星新一(写真中)/『華氏451』レイ・ブラッドベリ(写真右)

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ジュール・ヴェルヌは、NASAですら不可能と考えていたアポロ計画について数十年前から示唆しました。宇宙ロケットや潜水艦など、国家レベルの開発を予言している点は驚きです。
そのうち『華氏451』の世界に追いついてしまうのでは…思わずそんな風に危惧してしまいますが、サイエンス・フィクションは、文字通り科学的な面を取り入れた小説。だからこそ、「いつかこんな未来がくるかもしれない」と期待させてくれる作品が多いのです。最近では『火星の人』がそのひとつ。
現代の技術では、火星に行くことはできても帰ってくることができません。物語では、火星に置き去りになった主人公が、大変な苦労をして地球に帰還します。本を読んだ私たちは「そう遠くない未来に往復できるようになるかもしれない」と期待に胸を膨らませるのです。
様々な予言を紹介しましたが、最後に、まだ実現していない予言の書。つまり、この物語のような未来がくるかもしれない…そんな気持ちなる作品をご紹介して終わりにしましょう。

もしかしたら、予言の書。

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●どこでもドア

ドラえもんでおなじみのどこでもドア。誰もが夢見るアイテムが、アイザック・アシモフの短編『こんないい日なんだから』に登場している。どの家庭にも設置されていて、建物から建物へ楽に移動可能。移動時間ゼロ秒、まさにドアtoドアだ。しかし、物語で描かれる子どもたちは外の世界を知らずに過ごしており、ドラえもんのように夢のある世界観とは少し異なる。ある日、どこでもドアが壊れてしまった家の少年が、隣家のどこでもドアを借りるために外に出る。すると、初めてふれあう自然に心打たれて虜になるが、そんな息子の変貌ぶりに心配した母親は、精神科医に相談してしまう。便利な機械に依存しすぎる人間の危機感、精神不安が描かれているのだ。

●銀河旅行

ダグラス・アダムスの『銀河ヒッチハイク・ガイド』では、銀河バイパス工事のために邪魔な位置にある地球を爆破するとか、人間は地球上の生命体で一番賢いと思っているが実は3番目で、2番目のイルカに人類の危機を教えられる、というような話がコメディタッチで描かれている。“銀河ヒッチハイク・ガイド”とは架空の電子ガイドブックで、銀河系最大のベストセラー。やはり、宇宙でもガイドブックは欠かせないようだ。たとえ素材が紙から変わったとしても、情報を集めるため、もしくは娯楽として、本は永久に愛され続ける。本好きとしては、そんな未来が待っていてほしい。宇宙旅行が自由にできる時代が来たら、必携の1冊になるだろう。

さて、いかがでしたでしょうか。小説が書かれた時点では信じられないようなアイデアが、長い時間を経て実現する。そんな例が世界中にあるのです。「事実は小説より奇なり」と言いますが、いま私たちが体験している出来事も、すでに誰かが小説で予言していたのかもしれません。
しかし、肝心なのは予言が当たるかどうかではありません。こんな道具が本当にあったらいいな。人類がこんな風にはならないでほしい。それぞれの希望を託された、面白い物語に触れて想像することが楽しいのです。作家たちにはその突拍子もない想像力で、これからも夢のある未来を描き続けてほしいものです。