レポート32 / 2017.06.21
世界のブックデザイン

イメージ

世界の美しい図書館、書店。海外の歴史ある建造物には圧倒されるばかりですが、実物を見に行くとなると大変です。そんななか、世界の美しさを間近で味わえる展示「世界のブックデザイン2015-16」が、2016年11月~2017年3月にわたって開催されました。「世界で最も美しい本コンクール2016」の入選図書13点、主要6ヵ国のコンクール入選図書180点に加え、日本国内で毎年開かれる「造本装幀コンクール」過去50年の優秀作が出揃った豪華版です。今回は研究所きってのデザイン通が印刷博物館を訪問。実物を手に取りながら、本づくり研究所的美しい本を10冊選んでみました。

ドイツ代表01 建築家の本

イメージ

イメージ
Zeitloses und Zeitbewegtes 著者:Peter Behrens

まずは「世界の美しい本コンクール」主催国、ドイツの本から。
「P」と「B」がガツンと飛び込んでくるこの本は、20世紀ドイツの建築家、デザイナー、ペーター・ベーレンスの遺稿集です。重厚感たっぷりのハードカバーですが、背表紙に薄手の厚紙を入れ、垂直に線を入れることで格段に開きやすくなっています。表紙の装丁もそんな加工を生かした秀逸なデザイン。一本線を入れただけで、こんなに機能的で美しくなるなんて!マットな質感でまっすぐに自立する様子は、建築に関連する本のイメージにぴったりです。
本文は整然としたレイアウトですが、余白にとことんこだわり、アンティカ体と呼ばれる古いフォントと新しいフォントを組み合わせています。タイトルを翻訳すると「時間を欠いたものと時間を動かすもの」。静かながらも革新的な意味合いは、時間を超えて愛される著者の作品を彷彿とさせます。

ドイツ代表02 敢えて誤植をする本

イメージ
Adibas 著:Zaza Burchuladze

黒い人工皮革の表紙に、箔押しと小口の金色。豪華さと正当性を感じます。見返しは青と白の斜めのギザギザのストライプ。流石大手スポーツブランド、と思いきや…。
あまりに堂々として見落としてしまいそうな、タイトルの誤植。そして4本線。みなさんは気づきましたか?アディバス。と思わず声に出して言いたくなってしまいますが、単なる悪ふざけではありません。ちゃんと本の内容に即していて、戦争に翻弄されたチフリスを舞台とした小説の暗号になってるんだそうです。
あえて誤植をすることのメッセージ性と、それを見落とさせてしまう加工の豪華さが贅沢な作品です。タイトルで検索すると本家の方ばかり出てきてしまうので、著者名で探してみてください。

ドイツ代表03 芸術家の図録

  • イメージ

    イメージ

  • Olafur Eliasson. Reality Machines

    著者:Daniel Birnbaum、Ann-Sofi Noring、Kerstin Brunnberg、Matilda Olof-Ors 他

現代美術家オラファー・エリアソンの展覧会「Reality Machines」の図録です。一見地味な表紙のようですが、鮮やかな色をプリントした透明のカバーに包まれています。本文には乳白色のアート紙とクラフト紙を基本に、ページをまたぐ大判の写真がダイナミックな紙面をつくり出しています。ところどころに透明なフィルムが挿入されていて、ページをめくる動作から生まれる動きで、「光、風、水、時間の流れ」を表現しているんだそうです。
本書のデザインをしたのはアムステルダムを拠点に活動するイルマ・ボーム。素材を生かし五感に働きかけるという、彼女らしさが存分に生かされた一冊です。

オーストリア代表 すごろく図録

イメージ

イメージ
Die Welt im Spiel - Atlas der spielbaren Landkarten 著者:Ernst Strouhal

古い地図のような表紙が目を引く大きい本は、すごろくの展覧会の図録だそうです。本を開くとさらに2冊の冊子が出てきて、向かって右側の冊子にはすごろくの図面、左側の冊子にはルールの説明と文化史が書かれています。文字と図面を同じ場所にまとめようとするとスペースが限られるので、2冊並べてどちらも見開きで見てしまおう!というぜいたくな工夫。もちろん片方ずつ見てもおもしろいですし、読む人の好みに合った使い方ができます。
オーストリアは文化と芸術の国。すごろくも数世紀にわたる歴史がありましたが、なぜかあまり研究対象にされてこなかったとか。本作ではリトグラフ(石版画)やエッチング(腐食銅版画)で造られた見慣れない図面など、ドドーンと63点を収録。質・量・珍しさ、いろいろと価値の高い本ですね。

日本代表 春画展図録

イメージ
SHUNGA

名前の通り春画展の図録、かなり分厚いです。展示会限定で販売されたものなので、タイトルは帯に入っているだけ。造本装幀コンクールの上位3賞に位置する「東京都知事賞」に選ばれた作品です。背表紙がなく、紙がむき出しになっている「コデックス装」が特徴。近年世界的に流行ってきているんだそうです。ただ本の歴史的には、背表紙はあまり見せるべきものではないとされてきたので、審査員のなかでも好き嫌いが大きく分かれるようですね。
それでも受賞したのは、そのアクの強さが春画という題材に合っていたから。黒く艶っぽい線を並べた表紙と厚さ6cmにもおよぶ糸かがりの背表紙からは、日本らしさとグロテスクさの両方が醸し出されているように感じました。ちなみに中身は、大半のページがお見せできません。

カナダ代表01 失われた本

イメージ

イメージ
The Missing Novella 著者:Jon Davies、Derek Sullivan

「失われた本」と名づけられた意味深な1冊。緑字のタイトルは目を引きますが、一見普通のハードカバー。少し薄めの本だというくらいで、特に変わったところはなさそうです。と思いきや、本を開くと無地の厚紙が2枚出てきて、なんとページがありません。よく見るとカバーが広げられるようになっていて、そこに文章や写真が載っていました。形状は本なのに、中身がない…失われた本。「本って何だろう」とあらためて考えさせられました。
厚紙は本と勘違いする絶妙な厚さ。小口に見えた部分は、厚紙の側面が緑色に塗られているだけ。うまく調整して、本らしさを演出していたんですね。紙の印刷技術が劇的に進歩することはそうないでしょうから、今後はこうしたコンセプト面でのアイデアがより評価されるのかもしれませんね。

カナダ代表02 穴あき絵本

  • イメージ

    イメージ

  • Outstanding in the Rain 絵・文:Frank Viva

マットな質感とグラフィカル&ポップ!思わず手に取りたくなる、可愛らしい大きめの絵本です。海外らしいというか、なかなか日本では見かけない独特の色合いですよね。説明を受けないと見落としてしまいそうですが、網点ではなくベタ面で印刷しているとのこと。そのおかげでイラストの美しさがより引き立てられ、強く見えるんですね。
中面はところどころページに穴が開いています。前後のページとの組み合わせることで、あんぐり開けた口に歯が生えたり、コーンにアイスクリームが乗ったり。飛び出す絵本ほどの派手さはないですが、ページをめくる好奇心を刺激し、読者へ発見を促す楽しい本です。本家アメリカのamazonでは「うちの息子が好きなんだ!」みたいな意見が多数。確かに言葉を覚えるのにも良さそうです。

オランダ代表01 辞書のオブジェ

イメージ

イメージ
Van Dale Groot woordenboek van de Nederlundse taal
編者:Ton den Boon、Ruud Hendrickx

オランダを代表する辞書。3点セットで販売価格は2万円以上(2017年3月現在)です。白く落ち着いた表紙と、背表紙を埋めるような文字のエンボス。そしてポイントの黒い箔押しのデザインに知的さや真面目さを感じる反面、カッティングのあるカラフルな箱に好奇心や親しみやすさを感じます。
日本で辞書をここまでポップな色使いにするとなると、相当冒険ですよね。実際オランダのコンクールでも審査員の一人が「厚化粧」とキツい表現を使ったそうです。ただ、他の審査員は「辞書にオブジェとしての価値を加えた」とその冒険を高く評価。辞書という特性上どうしても大きく場所をとるので、どうせなら使わないときはインテリアに、という発想は確かにアリですよね。

オランダ代表02 恥辱を記録する本

  • イメージ

    イメージ

  • Other Evidence: Blindfold 著者:Titus Knegtel

2016年度の「世界の美しい本コンクール」、最優秀賞にあたる「金の活字賞」受賞作品。1995年にボスニア・ヘルツェゴビナで8,000人が殺された「スレプレニツァの虐殺」の記録です。ページはゴールドの鋲で留められていて、手で押して綴じたような無骨な雰囲気。過去の事実を忘れないという著者の意志を物語っているようでした。
遺体の写真を含む凄惨な内容が、ブルーとグリーンを基調にしたデザインにのせて淡々と語られます。ただ選考理由には、この本はタイポグラフィや装丁を評価するものではないと明言されています。「本書は、恥辱の表現として困惑とともに評価され、保管されることになるだろう」。伝達手法として本を使ったことが「美しい」のでしょうか…。

中国代表 遊び心溢れる本

イメージ

イメージ
訂単ー方 故事 著者:Lv Chonghua 中国

世界の美しい本コンクール2016金賞。くすんだオリーブ色の織物のような表紙が印象的です。無造作にシールを貼ったようなタイトルです。大きな綴じ代をめくると、なんと4つの豆本が登場。しかもパラパラ漫画になっています!すさまじい手づくり感…。この本は1つ前に紹介した『Other Evidence: Blindfold』の隣に置かれているので、すっかり和んでしまいました。各国とも印刷は機械化が進んでいますが、中国はまだ手作業が残っているらしく、こういった発想が生まれやすいのかもしれませんね。 中面は余白を生かす心地いいバランス。右から左へ、左から右へとテキストが流れ、袋とじがあって…とルールはごちゃまぜですが、なぜか全体としてはしっかりまとまっています。タイトルは日本語で『ファンユァンの本屋のものがたり』。中国語ができないので内容不明ですが、いかにもかわいらしいです。

まとめ

「世界の美しい本コンクール2016」の結果ですが、入選13点のうち日本の作品はなし…。結果は残念ですが、日本の本自体は例年高い評価を受けています。金の活字賞も『伝真言院両界曼荼羅』(1982年、平凡社)、『年鑑日本のグラフィック1989』(1990年、講談社)、『日本の近代活字―本木昌造とその周辺』(2005年、近代印刷活字文化保存会)と3度受賞。中でも『伝真言院両界曼荼羅』は壮大なスケール!折りたたんでも旅行カバンくらいのサイズはあり、中身を並べるだけで1コーナーを占めるほどでした。

イメージ
『伝真言院両界曼荼羅』

さて今回は、実際に賞を獲ったかどうかは関係なく、印象に残った本を紹介してみました。アイデアは本当に多彩で、行く人によってまったく違う本を選ぶんじゃないかと思います。昨年度の展示は終わってしまいましたが、今年度はぜひ、私的ベスト10を探しにいかれてはいかがでしょうか?

印刷博物館
〒112-8531 東京都文京区水道1丁目3番3号 トッパン小石川ビル
開館時間:10:00~18:00/休館日:月曜(ただし祝日の場合は翌日)
http://www.printing-museum.org/