レポート33 / 2017.07.05
書店調査「どどいつ文庫」

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知る人ぞ知る書店「どどいつ文庫」。奇本・珍本の専門店で、なんと完全予約制というから驚きだ。唯一の手がかりとなるホームページでお店の場所をチェックすると、「怠倒区と舞雲狂区と亀他区と唖裸可愛区の境界線ちかく」と書いてある。台東区と文京区と…うーん、なかなかハードルが高そうだ。恐る恐る「電気メイル」のアドレスをクリックし、店主の伊藤智司さんに取材を依頼。西日暮里駅からほど近いマンションの一室を訪ねると、現れたのは予想外に人当たりの良い方だった。

「変な本」専門店。

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研究員
何もかもが謎なんですが…まずはお店を開いたきっかけを教えてもらえますか?
伊藤さん
私は30歳くらいのときに小さな出版社で広告営業をやっていたんですが、あるとき会社を辞めたら、暇をもてあましてしまって。もともと変な本が好きでいろいろ調べていたので、紙のカタログをつくってみることにしたんです。当時はまだPCも普及していなかったので、ワープロと、コンビニのコピーを駆使しました。掲載した本は自分の蔵書が半分と、取り寄せ可能な洋書をまとめたものが半分です。カタログは輸入レコード屋さんに置いてもらったり、雑誌に載せてもらったりしたんですが、これが意外と反響があって。それをきっかけに変わった洋書の通販屋を始めました。
研究員
インターネットの窓口がないというだけでも、かなりマニアックな印象になりますね。
伊藤さん
当時はアマゾンなんてまだ影も形もなかったですからね。紙媒体で情報を見る人がかなり限定されたので、わりとキツめの情報でも載せやすかったです。そのうちにPCやネットが普及して、だんだんと一般の方も見る機会が増えてきたので、実際の本が見られる場所があったほうがいいだろうということで部屋を借りることにしました。
研究員
インターネットの普及でお客さんは増えたんでしょうか?
伊藤さん
ホームページができた当初は増えましたね。ただ、もちろん良いことばかりではありません。たとえば海外で写真集が発売されたら、本来は買わないと見られないはずの画像がすぐに世界中に出回って、無料みたいな感覚でみんなが見るようになった。そういう環境のなかで、特殊な切り口の作品を商品として提供するのは大変です。アメリカでは変わった本を出していた出版社が、大手に吸収されて消滅するケースが増えています、特にここ4~5年は厳しい流れが続いていますね。

ジャンルは「洋書の新刊書店」。

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研究員
選書の基準はありますか?
伊藤さん
シンプルに「変な本しか置かない」という方針ですね。重視するのは中身です。海外の問屋さんから仕入れる以上、デザインや装丁の善し悪しを把握するのは限界があるので。
研究員
仕入れるのは新刊書籍がほとんどなんでしょうか。
伊藤さん
海外の新刊の問屋さんから買うのが95%くらいです。古本を買うのは、前にホームページで紹介した本に注文が入ったけど、既に絶版になってしまっていたときくらい。それも、プレミアがガーンとついてしまった場合は買わないです。
研究員
ジャンルは「洋書の新刊書店」ということなんですね。1冊売れたら補充するんでしょうか?
伊藤さん
基本的には同じものを補充するのではなく、新しい本を探します。というのも、問屋さんから買う場合は最低●冊~といった決まりがあるので、いずれにしろ新しい本を探しながら、全体の仕入れを考えないと補充できないんです。同じ理由で返品もほとんどしません。ルール上は輸入本でも日本国内と同じく返品可能ですが、海外に送り返す手間と費用を考えると、気軽にはできないんです。
研究員
常に新しいネタを探し続けるわけですね。

オススメの本を教えて!

研究員
オススメの本を教えていただけますか?
伊藤さん
●PETCAM
一時期CATCAM(※)が流行りましたけど、これはもっといろんな動物につけた本です。今回は取材に来てくださったので、コチラを差し上げますよ。
※猫専用のカメラ。ランダムに猫目線の写真を撮らせることができる。

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『PETCAM』

●Men & Cats
次も動物本。猫と人間が並んで、どちらがセクシーかを比べるという内容です。猫本だから売れるっていう安易な発想で仕入れたんですけど、これまで3人に見せて、まだ誰もおもしろいって言ってくれないですね。
●Die Moulagen-Sammlung
医学蝋人形の写真集。なかでも皮膚病の症例を集めたものですね。製薬会社がつくったみたいですが、画像のフチが意外に凝ったあしらいになっていて、デザイン的にもおもしろいです。
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  • 『Men & Cats』(写真左)/『Die Moulagen-Sammlung』(写真右)

●Women in Trees
女の人が木登りしている写真ばかりを集めた写真集です。ジャンルとしては「ファウンドフォトグラフィ」になるのかな。フリーマーケットなどで売っている、誰が撮ったか分からない写真を一冊にしたというものです。
●Stories No. 1: Train Church
ホームページでは「アフリカの満員電車」と紹介したんですが、実は電車内で賛美歌を合唱する「トレインチャーチ」がテーマ。実はいま、研究員さんにこの本をぜひ見て欲しいってピーンときたんです。きっと音楽ともシンクロしてるんでしょうね(BGM にはドイツの変態サイケ「Limbus4」の『マンダラ』が鳴り響いていた)。
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  • 『Women in Trees』(写真左)/『Stories No. 1: Train Church』(写真右)

●headbangers
ヘッドバンギングしている人を集めた写真集です。ちなみに私はライブに行くと、険しい顔でじっとしているって友人に指摘されます。
●Dull men of Great Britain
笑えるといえばコレ。くだらない趣味に没頭する英国紳士を集めた写真集です。…あれっ、おもしろくないですか。
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  • 『headbangers』(写真左)/『Dull men of Great Britain』(写真右)

●crassroom portraits
突然教室に入っていって撮った写真集です。これもなかなか変わってますね。もちろん学校には許可を取ったみたいですが、生徒たちは何も知らせていません。
●the western front drawings volume,1
(ここで突然、BGMが「Ikarus」いうバンドに切り替わる)
逆に“一番オススメしたくない”本がコチラです。それっぽい有名人の名前ばっかり並べて、中身はWikipedia をコピペしたような内容。売り物とは思えないクオリティのドローイング集なのに3,000円くらいします。紙の本をつぶそうとしているとしか思えませんね。

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  • 『crassroom portraits』(写真左)/『the western front drawings volume,1』(写真右)

キテレツなサイトの秘密。

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研究員
なんといってもホームページが強烈ですよね。色合い、文体、取り扱う本のラインナップ。しかも書店としては異例の完全予約制となると、かなりハードルが高そうですが…。
伊藤さん
予約制っていうのは単に、お客さんが全然来なくなっちゃっただけなんで(笑)。留守中に来られても困りますから。犬山紙子さんがブログに取り上げてくださったときは、おもしろいって評判になったこともあったんだけど、いまはだいぶお客さんが減ってしまいました。
研究員
お客さんはどういった方が来られるんでしょうか?
伊藤さん
えっと、今は誰も来ないんですけど(笑)。遡れば開店最初は、純粋にマニアックな本が好きな人が来てくれました。そのあとマガジンハウスで紹介されたりして、本を買うよりおもしろそうな場所が好きな若い人、なかでもアパレル関係やデザイナーの方が多くなりました。ニーズが「本探し」から「ネタ探し」にシフトしたんでしょうね。ただ、常に新しいネタを探すタイプの人にはサイクルがあって、たとえうちの店を気に入っても、もっと優先順位の高い店ができたら離れてしまうんですよね。
研究員
過去にはさまざまな取材や、ラジオ出演もされたようですが、何か宣伝はしているんでしょうか?
伊藤さん
昔からネットオンリーですね。4~5年前に本を出したときはかなり反響がありました(『世界珍本読本―キテレツ洋書ブックガイド』社会評論社)。内容としては、うちのホームページで載せていた本の紹介を加筆してまとめたものです。編集してくださったのが出版業界でも影響力のある方だったので、大手新聞の書評で取り上げてもらうこともありました。
研究員
書評と言えば、一度見たら忘れられない、あの個性的な文体は昔からなんでしょうか?

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(どどいつ語の数々)
ホームページ・・・ホ~モ頁
メール・・・電気メイル or おメイル
ブログ・・・23世紀ど忘れメモちやう
店舗・・・ショウルウム
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伊藤さん
無駄にアクが強いのが好きなんですよね。子どものころに見たいかがわしい通信販売の広告文みたいな、「ン?」ってひっかかる文章。最初はあえて、できるだけ読むのに時間がかかるようにしよう、って狙っていたんだけど、いまはこれでもだいぶ読みやすくしています。
研究員
ブログを拝見していると音楽の話題も多いようですが、お好きなんでしょうか?
伊藤さん
音楽は自分のなかでも比重が大きいですね。変な文章を書き始めたっていうのも、最初は音楽系のミニコミからの流れとかもあったりするので。
本も音楽も、知らないって新鮮さが大事だと思うんです。私も昔は「60年代ガレージしか聴かない」とか変なこだわりをもっていましたが、最近ではだいぶ素直になりました。「こんないいアーティストがいたんだ」って大発見したと思ったら、世間的にはかなり有名だったりすることも多くて。昔から有名どころは避けてきましたから、いまだに新鮮な驚きがあるんです。最近では「クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング」と出会いました。

書店としての楽しさ・苦労

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世界中の女たらしを集めた本『Gods gift』を片手に。

研究員
お店をやっていて楽しいのはどんなときでしょうか?
伊藤さん
お客さんが来るときに、音楽をかける順番までこだわって準備すると、たまにお客さんが手に取る本と音楽がシンクロすることがあるんです。そういうハマリ感みたいのは気持ちいいですね。特にうちに来るお客さんはマニアックな音楽を知っている方も多いですから。音楽の力で、本の魅力を引き出すっていうのはあると思います。
研究員
逆に苦労されるのはどんな点でしょうか?
伊藤さん
先ほど選書についてお話ししましたが、本が売れなくなると仕入れのペースもゆっくりになるんです。売れないからおもしろい本が入らない。だから売り上げがあがらない…って流れが悪くなると辛いかな。
研究員
いま、伊藤さんがおもしろいと思う本、変な本は減っているんでしょうか。
伊藤さん
減っていますね。昔は仕入れにかなり時間がかかりました。大量に本があって、そこから良い本を探すのが大変だった。でも、いまはそもそも選ぶだけの数がないんです。大きくて目立つ魚は泳いでいるんですけど、私はもっと小さい魚、新種の魚を探しているので。たまに良さそうなのを探し当てたと思ったらKindleのみの個人出版だったというようなケースが増えていて…プロの編集者は、変わった本づくりから離れているように思います。

変な本専門店、意外な夢。

研究員
今後の夢は?
伊藤さん
夢かあ(大笑)。新刊書店としては変かもしれないけど、寝ている本を起こしてあげたい気持ちはありますね。図書館の倉庫とかで、捨てられるのを順番待ちしているような本を救いたい。本って一回つくられて世の中に出ると、ほとんどが読まれなくなって冬眠状態になっていくじゃないですか。
研究員
そのなかでも、やはり「変な本」を救いたいんでしょうか?
伊藤さん
読まれていない時点で変な本なんじゃないですか(笑)。まずは、以前うちで出した『世界珍本読本』のデジタル版でもつくろうかなあ。
研究員
デジタル版、いいですね。もともと紙の本のほうがお好きですか?
伊藤さん
紙の手触りやモノとしての良さに歴史的遺物の存在価値はあるし、もちろん好きなんですけど、その価値をみんなが認めなきゃいけないとまでは思いません。一方で情報だけ、内容だけにアクセスできれば良いという風にもしたくないです。私は携帯もスマホも持っていないので分かりませんが、歴史的な名画も、ネットで高画質のデータを見たら実物を見たのと同じ、という感覚は若い世代ほどあるんでしょうね。本の業界も難しいなあ。一度、あらためて本の勉強をしてみたいんですよ。

帰り際、ぜひ一冊本を購入したいと申し出ると、伊藤さんは『Freedom Rhythm & Sound:Revolutionary Jazz & the Civil Rights Movements 1963-82』を格安価格で譲ってくれた。ジャズ盤のジャケットを集めた一見正統派の本だが、「大真面目に見えて、ピラミッドの頂上から毛が生えていたり、変なデザインも多いんですよ」とのこと。さすが、目のつけどころが違う。

取材を終えて研究所に戻ると、店名の由来を聞き忘れたことに気がついた。「どどいつ」の由来はいったいどこからきたんだろう?さっそく取材のお礼を兼ねてメールで質問してみると、次のような返事が返ってきた。
「どどいつ文庫のネームングにあたっては、『洋書』のもつ、『お高い』かんじの印象をやわらげて、敷居が低いかんぢにしたかったこともあり、江戸の場末の裏長屋ぽいムードのなかに吃音ちゃってる感もある『どどいつ』(庶民のお座敷小唄の一種)と『文庫』を合体して屋号をこさえてみましたのでした。」

…唯一無二のキャラクター、どどいつ文庫。きっとあなたにとっての運命の一冊があるに違いない。 本と音楽のシンクロ。ぜひ味わってみることをオススメしたい。

どどいつ文庫
ショウルウム 怠倒区と舞雲狂区と亀他区と唖裸可愛区の境界線ちかく
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ほ~も頁 http://dobunko.jp/