レポート34 / 2017.07.20
作家と酒

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作家にとって、酒は切っても切り離せない存在だ。執筆前の気つけ、貧乏を紛らわすため、女性を口説くため、作家同士遠慮なく論争するため…。実にいろいろな役割がある。昔の小説や随筆を読んでいると、特にそんなことを思う。
今回はそんな「酒」をテーマに書いてみたい。すぐに文献を漁るのも気が進まないので、まずは実地調査だ。酒飲みの友人を誘って、かねてから気になっていた2種類の酒を試してみることにした。

一杯目 浅草・神谷バーの電氣ブラン

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地下鉄・浅草駅を出ると、「浅草1丁目1番地1号」と書かれたレトロな看板が目につく。明治15年創業、神谷バーの名物はなんといっても“電氣ブラン”だ。詳細なレシピは秘密だが、ブランデーをベースに、ジン、ワイン、キュラソー、薬草などが混ぜられたものらしい。太宰治が『人間失格』のなかで「酔いの早く発するのは、電気ブランの右に出るものはない」と書いたほか、永井荷風や谷崎潤一郎など多くの文士が愛してやまなかったという。
明治時代、電気という言葉には文明開化のハイカラな意味合いがあり、目がチカチカするような酒自体の強烈さと相まってその名前がついたとか。…なるほど、望むところだ。

店は食券制で、空いたところに勝手に座るという奔放なスタイル。明るい照明はさながら屋根つきのビアガーデンといった陽気な趣に満ちている。店員はかっちりとした正装できびきびと動く。胸に大量の割り箸を挿しているのも、親しみがあってなんだか良い感じだ。
お目当ての電氣ブランは度数違いで2種類あるようだ。1958年にアレンジされた“デンキブラン”が30度、昔ながらの“電氣ブランオールド”は40度。せっかくなので飲み比べてみよう。また事前の調べによると、「神谷バーではチェイサー代わりにビールを飲むべし」との格言もあるらしい。結局、我々は電氣ブラン2種類、生を2杯、おまけで名物カクテル“ハチブドーパンチ”を注文することにした。
店の奥にあるバーカウンターには常に電氣ブランのグラスが並べられていて、次から次へおもしろいようにはけていく。

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  • 前列左からデンキブラン270円、電氣ブランオールド370円、ハチブドーパンチ420円。いわゆる「センベロ」も余裕の安さ(写真上)/電氣ブランオールドの方が、度数も風味もひとまわり強い(写真左下)/取材日は三社祭の初日。夜も熱気たっぷりに神輿が練り歩いていた(写真右下)

〈感想〉
ツーン!キーン!という表現が似合うような鋭い味わい。とてもグビグビと読めるような代物ではない。一気に胸と喉が熱くなり、まるではじめて酒を飲んだような懐かしい感覚に襲われた。友人も思わず「俺も昔は、」と思い出話をはじめる始末。仲閒と浜辺で酔っ払って、気がついたら首元まで海に浸かっていた…。危なっかしい、若気の至りの話だった。
酒の強さに慣れてくると、甘みが際立ってくる。どうやらこの酒は塩気のある食べ物のほうが合いそうだ。ジャーマンポテト、かにコロッケ、厚切りベーコンを立て続けに注文し、一気にたいらげる。どれもしっかりした味つけで、酒も進みそうなものだが、電氣ブラン2種類は半分も減らなかった。無性にミックスナッツが食べたくなる。が、残念ながらメニューにはなし。もったいぶったようにチビチビと飲み干し、一軒目をあとにした。

二杯目 魔酒・アブサン

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続いてのお目当ては禁断の魔酒“アブサン”。中毒性の高さから「緑の妖精」「飲むマリファナ」の異名をもち、1981年まで製造禁止されていた、まさにギリギリの一品だ。主にヨーロッパで製造され、ゴッホやピカソといった大芸術家を虜にした。中でも盛んだったのはフランス。同国の詩人アルチュール・ランボーはこの酒を「美しき狂気」と呼び、浴びるように飲んだという。
そんなロマンあふれる幻の酒が飲めるバー。かねてから恵比寿にあるらしいと聞いていたのだが…。あらためて調べてみると、なんと研究所の目と鼻の先にあった。

「Bar Tram」は恵比寿一番会から一本脇に入った場所にあった。店先に皓々と光る看板に、さっそくアブサンの文字を見つけることができる。細いドアをくぐると、店内は真っ暗。いかにも大人の隠れ家的なたたずまいだ。外国が飛び交っていて、一軒目とはなにもかもが対照的だが…しいていえば店員が正装している点が共通か。もっとも、コチラは胸に割り箸を挿してはいないが。
店員にアブサンを飲むのは初めてだと告げると、初心者向けの“アブサントニック”と、1900年代初頭の味わいを再現した“バタフライ”を薦めてくれた。我々は素直に従いつつ、念願だったミックスナッツを注文した。
しばらくすると、アブサントニックと1杯のグラス、そして大がかりな給水器が運ばれてきた。聞けばバタフライを飲むために必要らしいが、まさかこんなに破天荒な飲み方をするものだとは。アブサンの原液が入ったグラスの上に、アブサンスプーンと呼ばれる穴の空いたスプーンを置き、角砂糖を乗せ、給水器でじっくりと水を垂らす。何かの儀式のようだ。ポタッ、ポタッと水滴を見詰めるだけの厳かな時間が終わると、軽くグラスを揺すって口元へ。

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  • 給水器はかなり大きめ。アブサンスプーンはニガヨモギの葉をあしらったデザインが多い(写真左)/奥がバタフライ、手前がアブサンソニック(写真右)

〈感想〉
バタフライを口にした瞬間、友人の顔がぐしゃっと歪む。アルコール度数も63度と強烈だが、それ以上にクセの強い薬草の風味が辛いらしい。そもそもアブサンは原料となるニガヨモギのフランス読み。日本人の感覚には受け入れがたい味で、「お土産にもらった北欧のお菓子に似ている」「寒い国で飲むとなんとかいけるかもしれない」とシュールな感想しか出てこなかった。アブサントニックの方は若干飲みやすいが、それでもなお、人を選ぶことは間違いない。
角砂糖で濾したにもかかわらず、アブサンにはまったく甘みがないく、当然ながら塩気より甘味が欲しくなる。まさか、あれほど熱望したミックスナッツが裏目に出る形になってしまうとは。
…とその時、ピッタリのメニューを発見。「アブサンアイスクリーム」はショコラアイスをアブサンでフランベした、青い炎が見た目にも麗しい一品だ。男3人、笑顔でスイーツをつつきながら、最後はエビスビールで乾杯。正直、慣れた味が愛しい。

今回はビール党のレポートなのでこんな感想になってしまったが、ハーブ系の味が好きな人、普通のお酒に飽きた人ならより楽しめるだろう。店内の雰囲気や接客は抜群。興味があれば足を運んでみてほしい。
さて、腹ごしらえも済んだところで、作家と酒について語ってみることにしよう。

それぞれのコダワリ

文豪=酒豪とまではいわないが、作家は総じて酒に強い。かつて発行されていた月刊誌『酒』では、新春号に決まって「文壇酒徒番付」を発表していた。物書きはコダワリの生きものだ。当然、種類や銘柄、飲み方に至るまで一家言持つ者が多く、酒に関する本は数え切れないほど書かれている。飲んだくれて書く文章は、素面とはまた違う味わいを感じさせてくれるものだ。
さて、あの作家はどんな飲み方をしていたのだろう。

三杯目 ビール

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前述の文壇酒徒番付で西の横綱に選ばれたことのある内田百閒は、大のビール好き。隣のテーブルに座っていた客が真っ昼間からビールを飲んでいたのを、「猿の様な顔をしてる」と理不尽に怒ったことがある。そのほかにも医者に「ビールは1日に2本まで」と諫められて仕方なく3本で我慢したとか、太平洋戦争で市場供給量が減ったときに、食堂のボーイに「頼むから1本売ってくれ」と平身低頭頼み込んだとか、逸話には事欠かない。

現役作家ではレシピ再現でも取り上げた東海林さだおが、ただならぬコダワリを見せている。
最高の美味は空腹によってもたらされる。
最高のビールの味はノドの渇きによってもたらされる。
ノドの渇きは汗の流出によってもたらされる。
(「あれも食いたい これも食いたい」『週刊朝日 2013年6月21日号』)
そんな三段論法をモットーに、なんと自宅にサウナを設置。サウナと水風呂を6回往復してからビールを飲むらしい。自分を痛めつけてまで味を高める、その姿勢は見習いたいところだ。同じビール党の椎名誠との対談では、「ビール前に水を飲むやつは人間として信用できない」とまで言い放っている。

対談相手の椎名誠も粋を追い求める男のひとり。「栓抜きでフタを叩く」「キンキンに冷やしすぎる」「びしょびしょのグラス」ビールを飲む上での3大悪習とみなして忌み嫌う。酒に限らず口に入れるものすべてのなかでビールが最高にうまいとまで言ったこともあるが、一方で結局酔い覚めの水が一番うまいんじゃないかという疑念も抱いている(『全日本食えばわかる図鑑』)。なんのことはない。どちらも酒飲みの真理だろう。

四杯目 ワイン

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宗教上、キリストの血にも喩えられるワイン。やはりヨーロッパに愛好家が多い。『レ・ミゼラブル』があまりにも有名なフランスの巨匠・ヴィクトル・ユーゴーは「神は水をつくったが、人はワインをつくった」という名言を残している。中でもルクセンブルク産がお気に入りで、南部モーゼル地方醸造の白ワインには、いまでもラベルにユーゴー直筆の絵が使われている。

日本では平野啓一郎が「文学ワイン会」を発案した。ワインの似合う作家がグラスを傾け、文学を語り合うというのがその趣旨だ。難解な表現を用いてでも言葉の美を追究し、独特の余韻を残す作風は、確かにワインの雰囲気に近い。さっさと流し読まれるのではなく、終わるのが惜しいくらいの気持ちでページをめくってもらいたい。彼自身、自らの文章についてそんな理想を口にしたことがある。

その文学ワイン会には穂村弘も参加している。なんでも歌人以上にメタファーを使う唯一の職業として、ソムリエに一目置いているとか。ワインのテイスティング用語には枯れ草、火打ち石、貝殻など変わったものが多い。少なからずインスピレーションを得るのだろう。もともと短歌と酒は相性が良く、ある辞典では桜と同じ大項目で扱われるほど。
文学ワイン会のトークイベント「本の音夜話(ホンノネヤワ)」は、『文学とワイン』というタイトルで書籍化されている。最後に、そこに掲載された一般参加者の秀逸な句を紹介しよう。
「カベルネとメルローの違い語るほど時計とスマホ交互に見る君」
…ワインは時に人を面倒くさくしてしまうものなのだ。

五杯目 ウイスキー

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元祖・ウイスキー好きは山口瞳。旧制中学在学中にたまたま飲んだのがはじまりで、「天井に引きあげられるような充実感」を経てすっかり虜に。戦争で自宅が空襲を受けたときは、まず池の中にサントリーの角瓶を投げ込んだ。ところが後になって近所の人と飲もうとしたところ、池の水がかなり混ざってしまっていて、飲めたものではなくあわてて吐きだしたという。聞いているこっちが口惜しくなるような話だ。

北杜夫は著書『ぼくのおじさん』に、トリスウイスキーをモデルにしたと思われる「三角ウイスキー」というお酒を登場させている。代表作・マンボウシリーズのなかでもたびたび言及するほか、娘であり随筆家の斉藤由香もサントリー勤務。何かと縁が深いようだ。元来は上品なユーモアセンスをもった作家だが、酒については庶民的な観点をもっていて、ウイスキーを長持ちさせるため、氷をウイスキーにつけて何度もしゃぶる方法を編み出した!と無邪気に語っている。

村上春樹はわざわざスコットランド・アイラ島まで行き、王室御用達の蒸留所・ラフロイグをたずねた。一般に流通するウイスキーといえば、複数の蒸留所のモルト・ウイスキーにグレイン・ウイスキーをブレンドしたものがほとんど。一方、村上春樹のお目当てはシングルモルト。ひとつの蒸留所だけでつくられるモルトウイスキーで、蒸留所ごとの個性が際立つ、愛好家にはたまらない一品だ。
著書『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』には、らしさ全開の有名な一節がある。じっくりと味わってもらいたい。
「僕はだいたい半分はストレートで飲む。根がケチなのか、うまいものが水なんかで割るのがもったいないような気がして、どうしても半分はそのまま飲んでしまう。それから一息置いてグラスに水を加える。グラスを大きくまわしてやる。水がウィスキーの中でゆるやかに回転する。澄んだ水と、美しい琥珀の液体が、比重の違いをもたらす滑らかな模様をしばらくのあいだ描き、やがてひとつに溶けあっていく。この瞬間はそれなりに素晴らしい。」
(『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』)

六杯目 日本酒

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胃腸が弱くあまり酒を飲まない夏目漱石だったが、すっきりとした味わいの“白牡丹”だけは、愛してやまなかった。製造元の白牡丹酒造の先々代社長とは懇意にしていたそうで、同企業の現行ホームページにも「白牡丹 李白が顔に 崩れけり」という漱石の句が紹介されている。余談だが、『吾輩は猫である』の猫はビールを舐めて甕に落ちるという最期を迎える。漱石と酒の組み合わせは、意外ながらも奥深いテーマになりそうだ。

日本を代表する詩人・草野新平は、酒好きが高じてついには自ら居酒屋「火の車」を開いた。特に好きだったのが広島の銘酒“加茂鶴”。ベートーヴェンの「第九」を歌い踊り、文学を語り明かす陽気な酒だったそうだ。料理もうまく、自ら率先してカウンターに立った。黒と緑(海苔で巻いたほうれん草のおひたし)、白夜(白菜と鶏皮の牛乳煮)などの創作メニューを次々と開発している。

トリはなんといってもこの人、池波正太郎。時代小説の風俗や季節感を表現するために酒は欠かせないと語る。ドライマティーニやジン・ロックなども幅広く愛飲したが、蕎麦をたぐるときはもっぱら“菊正宗”の樽酒。2006年から放送されたラジオ番組「味な歳時記・池波正太郎のその世界」では菊正宗酒造がスポンサーを務め、毎週、視聴者に高級酒がプレゼントされた。

その他

(カクテル)『老人と海』でおなじみヘミングウェイは世界的な大酒豪。ワインの女王シャトー・マルゴーにちなんで、孫の名前をマーゴと名づけた(綴りは同じMargaux)。基本的には何でもこいだが、晩年に22年の年月を過ごしたキューバではカクテル熱が急上昇。砂糖抜き、ラムをダブルにした特注“フローズンダイキリ”を何と10杯も飲んだというから恐れ入る。ほかにはペルノー3:シャンパン2を配合した“午後の死”というスペインカクテルもお気に入り。

(チューハイ)『ミミのこと』で直木賞を受賞した作家・田中小実昌は、エッセイ『ぼくのシネマ・グラフィティ』の中で、グレープフルーツの焼酎割“グレ酎”の美味しさを説いている。トレードマークの帽子をかぶり、浅草にある馴染みのお店までバスで通う。ひとしきり飲んで家に帰ったらハウスワイン・ビール・ジン・ソーダ…ととめどなく2回戦。74歳までインシュリン注射を打ちながら酒に浸った愛すべき大酒飲みだ。

(紹興酒)赤塚不二夫は味よりも酔う感覚が好きなタイプ。飲む酒は気まぐれに変わったが、紹興酒は特別な酒だった。「満州生まれのため、中国風のものはすべて懐かしいと感じる」というのがその理由。ある中華料理店にあるすべてのビンを空けたことがあり、噂が噂を呼んでとうとう中華料理人組合の顧問に任命されてしまったほど。ちなみに、ニラレバが「レバニラ」と反対に呼ばれるようになったのはバカボンのパパの影響。酒の席のバカ話から、世の中に影響を与えてしまうのだから天晴れだ。

以上、十数人の作家について、それぞれの酒への思い入れを並べてみた。時代ごとにいろいろと調べてみたが、あらためて高度成長期のウイスキー人気には驚かされた。香水にも見える罎の形、ロマンチックな照明に映える色合い。なによりそのステータス性は、当時の日本人にとって特別な存在だったのだろう。
酒の好みは、作家の作風や時代の流れを少なからず映し出す。酒離れと言われて久しい昨今。今後はどんなトレンドが生まれていくのか。ぜひ注目していきたいと思う。