レポート62/2018.10.23
芸人と本

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又吉直樹さんの『火花』が芥川賞を受賞したことで、一躍注目されるようになった芸人の文才。タレント本の枠を超えたクオリティの文学作品や作品集など、新しいスタイルの本もどんどん増えています。今回は、そんな気になる芸人の本をジャンル別にご紹介してみます。

創作小説

イメージ『陰日向に咲く』劇団ひとり

『陰日向に咲く』劇団ひとり(幻冬舎)
100万部を売り上げて映画化。芸人作の小説では必ず名前の挙がる作品です。クライマックスへ向けて各章のエピソードが繋がっていく構成が絶妙。序盤から笑いどころ満載で、浅草のストリップ劇場で働く売れない芸人・プードル雷太が登場してからは、バカバカしさが急加速します。こればっかりは本職の方にしかまとめきれないでしょう。人の惨めさや報われないシーンが続くほど、逆に人の温かさが際立つ。そんな魅力をもった名作です。

『夜にはずっと深い夜を』鳥居みゆき(幻冬舎)
皮肉に満ちた表現と、踊るような言葉遊び。ダーク&ポップな芸風は本の世界でも健在です。ご本人は小説を書くことについて「オファーが来たから仕方なく受けた」と露骨にめんどくさそうですが、作品は順調に売れ、各所で「ヒットエンド重版」と報じられました。
鳥居さんがすごいのは、一方で『やねの上の乳歯ちゃん』のようなほのぼの絵本も出版しているところ。いったい彼女の頭の中はどうなっているのでしょうか…。

・他には…
『エスケープ』渡部建(幻冬舎)
『遺産ゲーム』藤原一裕(KADOKAWA)
『トリガー』板倉俊之(リトル・モア)

自伝・自伝的小説

イメージ『ホームレス中学生』田村裕

『ホームレス中学生』田村裕(ワニブックス)
芸人には難しい環境で育った方が珍しくありませんが、本作ほど破壊力をもったタイトルはなかなかないでしょう。その辺の草を食べた。ウンコのお化けといわれ、石を投げられた。おじさんから鳩の餌をもらってその場で食べたら、おじさんが豆鉄砲を食らった顔をした。そんな数々の辛い経験と、家族や友人への感謝が、飾らない言葉で綴られます。ちなみに、田村さんのお兄さんも『ホームレス大学生』という本を出版されています。

『14歳』千原ジュニア(幻冬舎)
引きこもりを始めた14歳。自分は誰になるのか?なぜ他の人と違うと怒られるのか?思春期特有の純粋で複雑な疑問が、本の中にあふれます。大人たちに嫌な顔をされるたび繰りかえす「人と少し違うだけなんです」のフレーズは、ドロップアウト経験者には刺さるはず。
最後は4つ年上の「あの方」が、華やかなお笑いの世界へ導いてくれることに。本を読んだあとは、残念どころかまるで神様のように思えてきますよ。

・他には…
『佐賀のがばいばあちゃん』島田洋七(徳間書店)
『ヒキコモリ漂流記』山田ルイ53世(マガジンハウス)
『サナギ』なだぎ武(ワニブックス)

コラム・エッセイ

イメージ『遺書』松本人志

『遺書』松本人志(朝日新聞社)
尖りに尖っていたころの松本人志、伝説の一冊。「映画は撮らない」「ガキは嫌い」「金髪の否定」など、現在の姿を見ると思わず突っ込みたくなるような言説も多く、最近は番組でもたびたび指摘されています。でも、そんな風にいじられる存在になったこと自体が微笑ましいですよね。文中で「オットコマエ」と表現した相方の浜田さんも、本名の濱田雅功名義で何冊かの本を出版しています(さらっと書きましたが、100万部前後売れています)。

『天才はあきらめた』山里亮太(朝日新聞出版)
今回紹介する本の中で、最も自分をさらけ出しているといっても過言ではないでしょう。過去の相方に辛く当たった日々、売れていった同期芸人への負の感情、そして現在の相方・しずちゃんへの嫉妬。自分の計算高さをこれでもかと書き連ねています。ただ、その潔さとストイックに高みを目指す姿勢は、決して読者に悪い印象を与えません。各種レビューでは「山ちゃんは天才だ」と絶賛の嵐。実はこれもすべて計算なのでは…。そのあたりはぜひ、次回作で真相を語ってほしいですね。

『芸人失格』松野大介(幻冬舎)
中山秀征さんとABブラザーズを結成し、解散後は放送作家へ転身(作家として小説も執筆)。突然事務所からコンビを組むように言われ、持ち前の愛嬌を武器にどんどんスター街道を走る元相方への複雑な心情が描かれています。一部では「暴露本」と呼ばれることもありますが、それほど過激な表現はなく、むしろ嫉みも焦りも素直に吐露したように見えます。ダウンタウン東京上陸期、バチバチと火花を飛ばしていたころのお笑い界を知る貴重な資料。

イメージ『天野く~ん』ウド鈴木、『な~に、ウドちゃん』天野ひろゆき

『天野く~ん』ウド鈴木 『な~に、ウドちゃん』天野ひろゆき(マイナビ)
コンビで新書を出して、お互いについて語り合うという斬新な企画。2冊合わせるとキャイ~ンが完成します。天野さんの本のタイトルは『な~に、ウドちゃん?』となっていますが、ウドさんが何を書いたかは知らないまま執筆したそうです。
ウドさんが天野さんへの賛辞を惜しまず、むしろ自分にもっと興味をもってほしい!と願っているのに対して、天野さんがウドさんに抱く感情は「嫉妬」。意外すぎるその真意は本編で。

・他には…
『芸人前夜』中田敦彦(ワニブックス)
『芸人迷子』ユウキロック(扶桑社)
『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込』若林正恭(KADOKAWA)

詩集・俳句

『僕は馬鹿になった。―ビートたけし詩集』ビートたけし(祥伝社)
たけしさんは自伝・エッセイ・映画評論・絵本など数々の本を出版されていますが、やや埋もれがちなこの詩集も名作です。愛や死について驚くほど素直に語り、思い切り照れる。この「照れ」の感覚は、たけしさんを語る上ではずせません。
袖には、先日亡くなったさくらももこさんからの推薦文がさりげなく書かれています。
「たけしさんは、すごく照れ屋なので、すぐ笑いの方向にもっていってしまうけれど、本当はやさしくて正直で、真剣に生きていることを、みんな知っててそれでみんな、たけしさんのことを大好きなんだと思います。」

『カキフライがないなら来なかった』せきしろ、又吉直樹(幻冬舎)
実は俳句も書ける又吉さん。本作は自由律俳句、つまり一言ネタのような雰囲気をもった作品です。自意識過剰が言い過ぎたようなあるある感には、「隠れギャガー」としての才能が存分に発揮されています。
続編は『まさかジープで来るとは』。なかなか破壊力のあるタイトルですが、それを聞いた黒柳徹子さんは「ねえ、ジープってやっぱり進駐軍?」と切り返してきたそうです。さすが。

・他には…
『ななな』高木晋哉(晩聲社)

日記

『板尾日記』板尾創路(リトルモア)
シリーズ10巻を刊行する芸人日記のパイオニア。1日中寝ている日があったり、ただの不機嫌そうな写真が載っていたり、すごくラフなつくりになっています。それだけありのままにもかかわらず、まったく素が見えてこないから不思議。

『架空升野日記』バカリズム(辰巳出版)
架空のOLになりきって書くというらしい設定の日記。もともとブログではじまったコンテンツがドラマ化され、それから本になりました。脚本をつとめたTVドラマ『素敵な選TAXI』ものちに小説化されるなど、本と映像を両輪に新しい道を開拓しています。
近いコンセプトの作品では、シソンヌのじろうさんが「川嶋佳子」という架空のキャラクターになりきった本『甘いお酒でうがい』を出版。

イメージ『板尾日記』第1巻 板尾創路:カラーページ背景には、研究所からほど近い坂道が登場します。お墓のすぐそばなんですが…なぜあえてこの場所をチョイスしたんでしょうか。

マンガ・イラスト

イメージ『大家さんと僕』矢部太郎

『大家さんと僕』矢部太郎(新潮社)
今をときめく大ヒット作。フリップネタなどで一枚絵を描く芸人さんが多いなか、ストーリーまでつけられるタイプは希少です。矢部太郎さんのお父さんが絵本作家のやべみつのりさんというのも、決して無関係ではないでしょう。
大家さんは若いころ、ダンスパーティーで、「くじを引いて、そこに書かれた名前がアベックになった同士がペアを組む」というゲームをやったことがあり、意中の方とペアになったことがあるそうです。ご自身は「山崎富栄」、お相手は「太宰治」。際どすぎる組み合わせですね。

『振り子』鉄拳(小学館)
2002年にネタ本『こんな○○は××だ! 1・2・3』がベストセラー。それから10年後の2012年、パラパラ漫画調の動画が世界的に話題になり、本作が生まれました。本業の芸でも2度ブレイクするのはめったにないことなのに、本でというのは相当珍しいんじゃないでしょうか。
鉄拳さんは他にも、『夢をかなえるゾウ』の水野敬也さんとコラボ本を4冊出版。ベストセラー同士が紡ぐシンプルな言葉は、現代を忙しく生きる私たちに立ち止まって考えるきっかけを与えてくれます。

・他には…
『うつむきくん』川島明(双葉社)

絵本

イメージ『えんとつ街のプペル』にしのあきひろ

『えんとつ街のプペル』にしのあきひろ(幻冬舎)
キングコング西野亮廣さんは、笑いや絵の才能はもちろん、業界の慣習にとらわれない挑戦的な発想が強みです。本作はクラウドファンディングで国内歴代最高となる総額1億円を集めて制作が決定。さらには「自腹で購入するから」と自ら出版社にかけ合って初版制作数を増やし、出版後はなんと新刊本にもかかわらず全ページをネット上にアップ。専門作家でないにもかかわらず、斬新な手法をいくつも使い、結果成功させてしまうなんてすごすぎます。

・他には…
『野性昔話』野性爆弾 川島邦裕画伯(竹書房)
『天竺鼠川原のひとことぬりえ』川原克巳(ワニブックス)
『まくらのまーくん』ふくとくしゅうすけ

図鑑

イメージ『超くっきー図鑑 Wataridori 渡り鳥』くっきー

『超くっきー図鑑 Wataridori 渡り鳥』くっきー(ワニブックス)
飛ぶ鳥を落とす勢いのくっきーさん。A5判248ページの大ボリュームに、写真・絵・インタビューなどカオスが盛りだくさんです。ファンにはおなじみの「ベンジャミン・ボーナス」や「ソドム団長とゴモラ人間」も収録。ただの作品集?いやいや、図鑑です。だって21種類のチェチェナちゃんの名前と姿がきちんと分類されているんですから。
類書では、清水ミチコさんの『顔マネ図鑑』があります。

他には…
『図解 生き物が見ている世界』ココリコ田中直樹、長沼毅(学研パブリッシング)
『アンタッチャブル柴田英嗣の日本一やかましい動物図鑑』柴田英嗣(講談社)

作品集

イメージ『男子がもらって困るブローチ集』光浦靖子

『男子がもらって困るブローチ集』光浦靖子(スイッチパブリッシング)
読書芸人としてもおなじみの光浦さん。まずタイトルが秀逸ですね。男子はなぜ喫茶店のマスター(おっさん)が心を込めて淹れたコーヒーをしみじみと飲み干すのに、私の手づくりブローチは困るのか。そんな女心が詰まったハイクオリティな手芸本です。

せっかくなので、味わい深い推薦文をご紹介。
・二度と、こういうのは作らないでほしい。――加藤浩次(極楽とんぼ)
・ブローチっていう「身につけなくてはいけないもの」をあげる、という押し付けがましさが困ります。――星野源

・他には…
『粘土道 完全版』片桐仁(講談社)
※レポート参照

音楽、演劇、本と最近の芸人さんは本当に多彩。又吉さんの『火花』がヒットしてからは、特に文学作品の注目度は格段に上がったように思います。今後はあまり売れない芸人さんが、本の出版を機に本業でもブレイク、なんてパターンもあるかもしれません。発想の魔術師・お笑い芸人からますます目が離せませんね。