レポート63/2018.11.05
千駄ヶ谷散歩
今秋、本づくり研究所が千駄ヶ谷に移転しました。国立競技場や将棋会館など、千駄ヶ谷は文化・スポーツの街として知られています。なんとなく本との関わりもありそうな気がしますが、イマイチよくわかりません。今回は研究所移転記念として、この街をのんびり散策してみました。
千駄ヶ谷駅~鳩森八幡神社へ
まずは研究員たちも普段利用している千駄ヶ谷駅からスタートです。駅前から街をざっと見渡すと、新宿から2駅の好立地にもかかわらず、建物は全体的に低く閑静な雰囲気。ラッシュの時間帯でもそれほど混雑しません。なんでも、中央・総武線(三鷹駅~千葉駅間)で乗降客数が最も少ないんだとか。東京体育館や国立競技場があるのでイベント時にはかなり混雑しそうですが、現在はオリンピックに向けて、いずれも休館・改装中。嵐の前の静けさ状態です。
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千駄ヶ谷駅(写真左)/津田塾大学(写真右)
横断歩道を渡ると津田塾大学があります。日本人女性初の留学生であり創設者・津田梅子の信念を受け継ぎ、世界を切り拓く女性の育成に大きく貢献してきました。文学でも大庭みな子(芥川賞、谷崎潤一郎賞ほか受賞多数)をはじめ、数々の作家を輩出。映画翻訳でおなじみの戸田奈津子も卒業生で、海外文学の輸入・映像化という意味でも出版文化への貢献度は絶大です。
同じく駅前には、千駄ヶ谷のシンボル・東京体育館があります。1954年に完成。1964年の東京オリンピックでは、団体・個人ともに日本が総合優勝した体操競技の会場としても使用されました。2020年は、またものすごい賑わいを見せるんでしょうね。
東京オリンピック関連の本は続々と発売されていますが、研究員の注目は最新刊『ふたつのオリンピック 東京1964/2020』ロバート・ホワイティング(KADOKAWA)。“ガイジン”と呼ばれながら日本の文化・スポーツを見つめ続けた作家が、50年の移り変わりを語ります。
東京体育館(現在は休館中)
駅を背に東京体育館の脇道を進むと、鳩森八幡神社の交差点にぶつかります。右手に向かうと北参道へ向かう商店街、左手はロンハーマンや研究所のある原宿方面。オシャレなアパレルショップやカフェも多く、千駄ヶ谷の現在を象徴しているような一角です。
このあたりはデビュー前の村上春樹が暮らしていたことでも知られています。かつて自身が経営していたジャズバー「ピーターキャット」跡地があるなど、一部のハルキストからは聖地と呼ばれることも。2017年には「村上春樹氏ノーベル文学賞カウントダウンナイト」なるイベントもあったようです。共催である「ブックハウスゆう」は、昨年末に惜しまれながら閉店した書店。店主・斎藤祐さんは、千駄ヶ谷大通り商店街(グリーンモール)のWebサイトに、村上春樹との繋がりを寄稿しています。
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ジャズバー「ピーターキャット」跡地(2階部分)。地下にあるステーキハウス「CHACOあめみや」も1979年創業、炭火焼きステーキが絶品の名店です。(写真左)/村上春樹氏ノーベル文学賞カウントダウンナイト(写真右)
鳩森八幡神社に到着しました。境内には、東京都の有形民俗文化財に指定されている「千駄ヶ谷の富士塚」があります。洞窟、烏帽子岩、釈迦の割れ石、奥宮などで富士山を再現しており、これがなかなか思った以上にキツイ急な上りで、さすが富士塚というだけあります。
そのほか、近隣の日本将棋連盟から奉納された大駒を納める六角堂があり、近くに将棋をテーマにした本『泣き虫しょったんの奇跡』映画版のポスターが貼られていました。前述した村上春樹関連のイベントだけではなく、フリーマーケットやライブ、テレビの撮影なども頻繁に行われるなど、かなりオープンな神社のようです。
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鳩森八幡神社(写真上)/1789年築造とされる富士塚(写真下左)/六角堂(写真下右)
千駄ヶ谷商店街~将棋会館をぶらり
神社を出て、千駄ヶ谷商店街のある北参道方面へ進んでみることにしました。商店街といっても、カフェ、雑貨屋など、雰囲気のあるこだわりのお店が点在しています。この商店街やロンハーマンなどがあるあたりまで、最近では「ダガヤサンドウ」と呼ばれることも。
コインパーキング脇にさりげなく「東京新詩社」の碑を見つけました。設立者の与謝野鉄幹はこの近辺に家を構えていて、奥さん(与謝野晶子)も「千駄ヶ谷に住みて」という句を残しています。あの石川啄木も上京してすぐに訪れたとか。
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東京新詩社の碑(写真上左)/幻冬舎(写真上右)/国立能楽堂(写真下)
与謝野夫妻が住んでいたあたりから、斜め向かいを見ると国立能楽堂があります。スポーツやファッションとともに、ごく自然に伝統文化が隣り合う…懐の深い街ですね。気になったのでスマホで能関連の本を検索してみたら、信じられないくらいたくさんの書籍が出ていました。『これで眠くならない! 能の名曲60選』『狂言サイボーグ』。かなり気になるタイトルです。
能楽堂から北は代々木になってしまうので、やや南下しながら進みます。このあたりに確か有名な出版社があったような…となかなかお目当ての建物が見つからずさまようこと数分、ようやく「幻冬舎」の文字を発見!改装工事中だったらしく、危うく見過ごすところでした。数々のベストセラーを生み出した知る人ぞ知る有名出版社。見城徹社長自身も『たった一人の熱狂』などたくさんの本を書いています。熱い!常に挑戦!そんなイメージですね。
将棋会館
神社を通り抜けると、将棋の聖地・将棋会館です。1階には物販コーナーがあり、初心者向けから有段者向けまで幅広い本(棋書)が売られています。ここ数年は『聖の青春』『泣き虫しょったんの奇跡』『3月のライオン』と、将棋を扱った小説・マンガが次々に映画化。藤井七段ブームと歩調を合わせて、人気向上に貢献しています。棋士と将棋会館は切っても切り離せない関係ですから、どの作品にも千駄ヶ谷がよく登場します。
上京した棋士のための宿泊室や、椅子で対局する洋室の研修室なんかもあります。ちなみに、建設にあたって吉永小百合さんが多額の寄付をしたそうです。
神宮球場方面~研究所まで
将棋会館からロンハーマンのほうへ下り、ガードをくぐって神宮方面に向かうと、またまた有名な出版社を見つけました。河出書房新社は1979年の移転以来、山田詠美、綿矢りさ、羽田圭介、山崎ナオコーラなど、さまざまな新人作家を発掘した出版社。俵万智の『サラダ記念日』『チョコレート革命』など、歌集に強いのも特徴です。どんなジャンルでも「本好きの心をくすぐるタイトル、装丁」に仕上げる印象。道路を挟んだ向かい側では、新国立競技場が建設中です。
河出書房新社
最後は少し足を延ばして、おなじみ神宮球場へ。正確には千駄ヶ谷と隣接している感じなのですが、研究所のある千駄ヶ谷2丁目からはわりと近く、選手の応援歌や花火の音も聞こえます。大学野球の聖地であり、ご存じ東京ヤクルトスワローズの本拠地。90年代以降一世を風靡した「ID野球」のせいか、なんとなく知的なイメージがあります。黄金期を支えた名将・野村克也の著作は100冊を超え、10/29には野村四録(「志の書」「指導の書」「戦略の書」「不惑の書」)を4冊同時発売するなど、2018年だけでもなんと20冊近い本を出版されています。すべての業界を探しても、これだけ本を出されている方はほとんどいないでしょう。
明治神宮野球場(神宮球場)
おつかれさまでした、あとは研究所に戻って終了です。すでにお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、実はいま、千駄ヶ谷には書店がありません。ただ、街を歩いているとカフェや美容室、マンションなど、そこかしこで本を置いているお店を見かけることができ、他の街とはまた違った形で本が根づいている印象を受けました。今回は村上春樹、将棋、大学野球と3つの聖地を見つけました。おこがましいかもしれませんが、千駄ヶ谷は「本づくり研究の聖地」なんて呼ばれるよう、私たちも努力していきたいと思います。